プロローグ
『あんた夏休みになったんだからこっちに来ないの?桃子も会いたがってたわよ』
電話の向こうから聞こえて来る声に俺は思わずため息をついてしまう。
「俺は別にそんな会いたくないんだけど」
『またそんな事言って!ほんと素直じゃないんだから。桃子が寂しがってるんだから夏休み中に1回くらいは顔見せに来なさいよ!』
絶対に寂しがってなんか無いだろう。それに会ったら会ったで連れ回されるのが目に見えているからな。出来れば会いたくない俺は曖昧な返事で誤魔化すことにした。
「まぁ時間が出来たらな。バイトやら何やらで意外と予定が埋まってるんだよ」
『あら?彼女でも出来たの?』
「ゴホッ!ゴホ!ゲホッ!」
俺は思わず咳き込んでしまった。急に何言い出すんだよこの人は!そんな咳き込む俺のことなどお構い無しに電話の向こうでは嬉しそうな声が聞こえてくる。
『あらぁ!当てずっぽうだったけどほんとに彼女出来たのね!桃子〜!お兄ちゃん彼女出来たって!』
「出来てねぇよ!あと頼むから桃子におかしな事を吹き込むのやめてくれよ!」
『何言ってんのよ!高校生なんだから彼女の1人や2人くらい作りなさいよ!』
そんなおかしな理論を振りかざしているのは俺の母親で、話の中にでてきている桃子とはもちろん俺の妹の事である。夏休みに入ったから実家に帰って来いと電話がかかってきたのだが話が変な方向に向かっている。
「高校生だからって彼女がいなくても別に普通なんだよ。あと彼女は出来てないから!」
『ほんと甲斐性がないわね!それとも何?まだ、《《あんず》》ちゃんの事引きずってるの?』
俺は思わず固まってしまった。まさか今になってその名前を母親から聞くとは思っていなかったからである。しかし良い機会だ。俺は確かめたい事があったので聞こうとしたのだが
『何?お兄ちゃん彼女できたの?私をほっといて彼女作るとか生意気なんですけど!』
電話の向こうからひときわ大きな声が聞こえてきた。あまりに大きすぎて俺は思わずスマホを耳から離してしまうほどだ。それでも何やらギャーギャー騒いでるのが聞こえてくるとか、ほんと相変わらず声がデカいな。
『お兄ちゃん聞いてるの!』
「聞いてる聞いてる!」
『絶対聞いてないやつじゃんそれ!』
「それで何だって?」
『やっぱり聞いてないじゃん!いつ帰って来るのか聞いてんの!』
「あ〜取り敢えず予定が空いたら帰るから」
『ほんとに?絶対だよ!』
「そうだな。予定が空いたらな」
『絶対帰ってこないやつじゃん!』
さすがは俺の妹である。俺の事をよく分かっているじゃないか!俺は思わず笑ってしまう。そして俺も妹の事はよく分かっているのだ。このままでは絶対に面倒くさい事になる。
「そろそろバイト行かないといけないから電話切るぞ〜」
『あっ!まだ話し終わってな……』
俺はさっさと電話を切ってしまった。ほんとバイト行かなといけないって便利な言葉である。俺は何回かこれで妹からの面倒くさい電話を切り抜けているのだ。
電話を切った俺は母親の口から出てきた懐かしい名前を思い出していた。
「あんずちゃんの事を引きずってるか」
俺は夏の青空を見ながら思わず呟いてしまうのだった。




