第12話 姫川麻由子とてんこ盛り
「それにしても世間狭すぎでしょ!」
コインランドリーからの帰り道に杏奈がため息をつきながら言いだした。杏奈がそう言いたい気持ちも分かる。姫川麻由子の好きな人が俺の先輩とかほんと狭すぎるだろ!あれから俺達は尾上さんに全て話したのだが、姫川麻由子が中城先輩の事を好きなことや幼馴染であることなど俺がすでに話していた事の他にも杏奈は俺が帰ったあとの事も色々話してくれた。どうやらその時に一緒にご飯を食べに行くという話で盛り上がったらしい。早速実行する姫川の行動力の凄さに脱帽してしまう。そうして一通り話を聞いた尾上さんは、その後さんざん俺達をイジり倒してかと思うと1人で帰って行ったのだ。気になる事もあるのだが、取り敢えず今は杏奈を送っている最中なのでそちらに集中することにしよう。
「ちなみに麻由子どんな感じだったの?」
「姫川さんは俺に気づいてたけど、その上で俺と知り合いなのを中城先輩には隠した」
「まじかぁ。明日、絶対に話しかけてくるやつじゃんそれ」
たぶん杏奈の言う通りになるんだろうな。今日の感じだと姫川は絶対に俺に何らかの接触をしてくるはずだ。明日の事を考えただけでもげんなりしてしまう。
「とりま私は大輝から話を聞いた事にしとこうかな」
「すまんね巻き込んじゃって」
「それは全然大丈夫なんだけど……」
何か気になる事でもあるのだろうか杏奈は少し考え込んだあと俺の方をチラッと見て飲み込んだであろう言葉を続ける。
「千代姉と中城さんてどうなの?」
「それ聞いちゃう?」
「聞くに決まってんじゃん!あんな千代姉見たことなかったし、あれとか絶対に八つ当たりだもん!」
杏奈は今日の尾上さんがいつもと違うことに気づいていたようだし、あの執拗なイジリが八つ当たりだと思っていたのは俺だけではなかったようだ。やっぱり尾上さんのあれは完全に八つ当たりだよなぁ。でも言ってもいいのかなぁ?いつの間にか姫川さんの事を名前で呼ぶくらいには仲良くなったみたいだし。いまだに迷っている俺に対して杏奈は
「ほんとは千代姉に聞きたかったけど、聞ける雰囲気じゃなかったからさ。このままだと絶対モヤモヤするし」
そう言ってじっと俺の方を見てくる。まぁ確かに1人で抱えるよりは良いのかな。俺は杏奈に伝えることを決めた。
「尾上さんは中城先輩の事を悪くは思ってない感じだけど、正直好きかどうかまでは分からないかな。ただ…中城先輩は尾上さんの事を好きだと思う」
「やっぱりかぁ」
杏奈は分かりやすく額に手を当てて、あちゃーみたいな感じになっている。わかるぞ!たぶん俺でもそんな感じになると思う!
「さすがにそれは麻由子には言えないなぁ」
「まぁそうだろうね。好きな人に他に好きな人がいるとか知りたくないだろうし」
「しかも私たちの知り合いなんだよ」
2人して大きなため息をついてしまう。すでに面倒くさい事になっているのに、そんな事を姫川に伝えてしまったらもっと面倒くさい事になるに決まっている。
「とりま麻由子次第だよね」
「そうだな。これ以上面倒くさいことにならなけりゃいいけど」
俺はそう思いながら杏奈を家まで送り届けた。本当に面倒くさい事にならなければ良いと思っていたのだがその思いはあっさり裏切られた。
それは次の日の昼休みに起こったのである。
「ちょっと黒澤くんに話があるんだけど!」
そう言って俺は姫川に呼び出されたのだ。もちろん俺だけではなく杏奈と久慈川も一緒にだ。その時点でもう何のことか分かってしまうのだが、何も知らない久慈川だけが
「何?大輝なんかしたの?」
そう言ってちょっとワクワクしている。今はその能天気さがめっちゃ羨ましい。そんな俺の内心など知らずに俺達は人目に付かない場所ということでいつもの校舎の端っこにある空き教室にきているのである。
「智くんと黒澤くんて知り合いなの?」
空き教室に着くなり姫川は昨日の事を聞いてきた。もうちょい前置きとかないのかよ。可愛らしくて小さい見た目とは違って意外と猪突猛進タイプなのかこの子は?杏奈は苦笑いしているし何のことか分からない久慈川はキョトンとしてしまっている。
「知り合いというかバイト先の先輩だよ」
「何で教えてくれなかったの!」
姫川は凄い勢いで俺の肩をつかんで顔を近づけてくる。近い近い近い!しかも背が低いからなのか大きなモノまで当たっているのだ!これはヤバい!非常にヤバい!俺は姫川の肩を掴んで引き剥がそうとするが凄い力でなかなか引き剥がす事が出来ない。
「落ち着けって」
「こんなの落ち着けないよ!」
姫川はなおもグイグイ身体を寄せてくる。その度に大きくて柔らかいモノが俺に押し付けられるのだ。その感触と姫川の勢いに押されて俺が上手く説明出来ないでいると
「少し落ち着いた方が良いですよ。大輝くんが困っていますから」
杏奈が助け舟を出してくれた。姫川は自分が思っていたよりも近かった事に気付いたようで顔を赤くしながらも慌てて俺から離れてくれた。
あのままだと本当にヤバかった。俺が安堵していると何故か杏奈にジト目で睨んでくる。いやいや!今のは俺は悪くないよね!だって姫川から近いて来たんだし!だからそんな目で見ないで下さい!俺は空気を変えようと咳払いして姫川に話しかけた。
「別に教えなかった訳じゃないないよ。俺も昨日初めて知ったんだから」
「確かにそうだよね。智くんの事になると私、周りが見えなくなっちゃって。ごめんね」
俺の言葉に姫川も冷静になったようで一安心である。チラッと杏奈の方を見るとジト目でなくなっていたのでこちらも一安心だ。何の事か分からない久慈川だけが取り残されたようにポカンとしているのがちょっと面白かった。
「てか世間狭すぎじゃない!」
お弁当を食べながら久慈川が興奮気味に何処かで聞いたことのあるセリフを言う。何の事か分かっていない久慈川に杏奈が昨日の出来事を教えてあげたのだ。その時に杏奈は俺から聞いた事も姫川に伝えていた。
「俺もビックリしたよ。バイト終わりに姫川がいたんだから」
「私も大輝くんから聞いた時は驚きました」
「だよね!驚くよね!驚き過ぎて智くんにも変に思われてたし」
お昼を食べながら俺達はようやく落ち着いて昨日の事を話すことが出来るようになったのだ。
「てか何で知らないフリしたんだよ?」
俺は気になっていた事を聞いて見た。俺にとってはそっちの方が色々と都合が良かったのだが姫川がそうした理由が分からなかったのだ。
「だってあの状況で黒澤くんと知り合いだって智くんが知ったら絶対に変な勘違いするもん」
姫川は不満気に理由を教えてくれた。なるほどね!確かに中城先輩ならあり得る!というか絶対に勘違いするわ。だって姫川と歳が近いってだけで俺を飯に誘ったのだ。その2人が知り合いとなれば変なお節介を焼きそうである。俺が納得していると
「やっぱり智くんと仲良いんだね」
姫川がしみじみとそんな事を言う。今までの会話でそんな事を思う要素なんてあったか?
「昨日ご飯に行った時に智くんが黒澤くんの事を楽しそうに話してたんだよね。何か可愛がってる感じがしてた」
あの人俺がいない所でそんな話をしてたのか!何かめっちゃ恥ずいんですけど!ちょっと照れてしまった俺に対して姫川は話を続ける。
「さっき黒澤くんも智くんの事を分かってるみたいな雰囲気だしてたし、智くんも黒澤くんの事を分かってる風な事言ってたし、昨日だって黒澤くんの話ばっかりだし、ほんとに可愛がってるのが分かってさ…」
話しながら暗くなっていった姫川は黙ってしまった。え?何?何が起きてんの?さっきまで楽しそうに話してたじゃん!何で杏奈も久慈川も黙っちゃってんの!突然の出来事に心配になった俺は姫川に声をかける。
「姫川どうした?大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ!せっかく久しぶりに一緒にご飯食べに行ったんだよ!久しぶりなの!それなのにずっと黒澤くんの話を聞かされたんだよ!大丈夫なわけないじゃん!」
突然顔を上げた姫川は早口でまくし立てる。
その勢いはもの凄く、俺が思わず謝ってしまうほどだった。
「な、何かごめんな」
「謝らないでよ!余計に惨めになるじゃん!」
どうやら逆効果だったようで姫川はついに机に突っ伏してしまった。まじで中城先輩なにやってんだよ!ほんと残念過ぎるだろあの人!俺は何て声をかけて良いのか分からずその場に立ち尽くしてしまう。そんな俺達を杏奈と久慈川は哀れみの表情で見てくるが、それは俺に対してなのか姫川に対してなのか考えたくなかった。
ほんとあの人は何やってくれてんだ!




