第4話 尾上さんと俺の出会い
俺が初めて尾上さんに会ったのは小学校に入学する少し前くらいのことだ。最初に言われた言葉は確か
「私、弟欲しかったのよね!私の事は千代姉って呼びなさい」
だったと思う。いま考えれば、この言葉に込められていたのは「弟」だったんじゃないかと思う。さすがにそれはないんじゃだって?よく考えてみて欲しい。あの尾上さんなんだぞ!そう思っても不思議じゃないだろ?
当時の俺は妹が生まれる前で一人っ子だったのと近所に同年代の子供がいなかった事もありすぐに尾上さんに懐いたらしい。らしいというのは当時の事をハッキリとは覚えておらず、尾上さんがそう言っていたのだ。懐いていたかどうかは分からないが、よく尾上さんの家に遊びに行っていたのは覚えている。それは小学校に入学してからも変わらず、近所に同じ学校に通っている子供もいなかったのもあってよく一緒に登下校していた。え?それを懐いているって言うだって?まじか。改めて言われると恥ずかしくなってくる。
そんな訳で俺は尾上さんの家で過ごす事が多かったのだ。さっきも言った通り近所に子供がいなかったのもあり尾上さんの両親にも良くしてもらったのは覚えている。俺の母親の出産が近づいて入院する事が決まった時にしばらく俺を預かってくれる位には可愛がってもらっていたのだ。こうして2週間ほどではあるが俺は尾上家で過ごした時期がある。はい、一緒にお風呂に入ったのはその時です。いいえ、滞在中は毎日一緒に入っておりました。ただこれだけは言わせて欲しい!決してやらしい気持ちなど無かったことを!その時、俺は小1で尾上さんは小6だったんだから!だからお願いなのでそんな目で俺を見ないで下さい!
そんな事もあったので妹が生まれてからも変わらず尾上さんの家には遊びに行っていたし、たまに尾上家に泊まったりもしていた。しかし尾上さんが小学校を卒業して中学生になった頃あたりから次第に俺が尾上家に行くことが少なくなっていったのだ。別に尾上さんに来るなと言われた訳では無かったが、何となくあんまり行かない方が良いのでは?なんてことを思ったのである。そんな俺に対して
「小学生のくせに変な気を使うな」
尾上さんがそう言ってくれたのは覚えている。
実に尾上さんらしい物言いで、あの頃から尾上さんのそういうところは変わっていないんだなと思う。それからも変わらず遊んでいたのかって?流石に中学生と小学生なので前みたいにべったりと言うわけではないがそれなりに相手はしてもらっていたし、たまに尾上家に泊まったりもしていた。ただそれも俺が小5になる頃には完全に無くなってしまった。
理由は俺が引っ越す事になったからだ。割と遠くに引っ越す事になったし、当時は携帯なども持っていなかったので、何となくもう会う事は無いんだろうなと思ったのだが、その通りその後に尾上さんと会うことは一度もなかった。
「それでそのあとどうなったんですか?」
尾上さんとの出会いを話し終わった俺に杏奈が聞いてきた。
「たぶん尾上さんに聞いてるだろ?たまたまバイトに先で再会したんだけど、俺は尾上さんて分からなかったんだよ」
「本当に分からなかったんです?」
「本当なんだよな。最初の顔合わせの時に初めましてって言ってめっちゃくちゃ切れられたんだからな」
あの時の尾上さんは本当に怖かった。言い訳をさせて貰えるなら初めてのバイトで緊張しめいたのと、尾上さんの印象が5年前とだいぶ変わっていたからだ。逆にすぐに俺に気付いた尾上さんを褒めたいくらいだ。
「何で千代姉って呼ばなくなったんですか?」
尾上さんとの初遭遇を思い出していると杏奈がさらに聞いてきた。なんでと言われるとあんまり人に言いたくないのだが杏奈がじっと見てくるので仕方がない。
「最初は千代姉って呼んでたんだけどさ、そう呼ぶとバイト先の先輩が物凄い顔になるのよ」
「物凄い顔?」
「そう!まじで俺を刺すんじゃないかってくらいの顔になるの。だから千代姉って呼ぶのをやめたんだよ」
俺の言葉を聞いた杏奈は唖然としていた。そうだろうな俺もそうなったよ。だから中城先輩は尊敬できないんだよな。
「なんか思ってた理由ではなかったです」
「尾上さんから聞いてないの?」
「理由までは教えてくれなかったので」
あぁそう言うことか。中城先輩のこと杏奈に知られるの嫌だったんだな。尾上さんなら十分にあり得る。今度なんかされたらこの事を盾にしてやろう。俺が今後の尾上さん対策を考えていると
「それにしても大輝くんは小さい頃の事は覚えているほうなんですね」
先程までとは違って落ち着いた声色で杏奈が話かけてきた。
「そんな覚えてる方じゃないよ。尾上さんに言われてようやく思い出したって感じだしな」
「なるほど何かきっかけがあれば思い出すんですね」
そう言った杏奈は何か納得したような顔をしていたあとに微笑みながら
「大輝くんの話はとても参考になりました」
そんな事を言ってくる。
「何の参考になったのか分からんが俺は恥ずかしい思い出話をさせられただけの気がする」
「そんなことないですよ、ただ…」
言葉を切った杏奈は人差し指を俺の口に当ててきて
「私をモヤモヤさせた事の責任は取って頂きたいと思います」
小首をかしげげながら可愛らしくそんな事を言うのだった。なんか理不尽な事を言い出した気もするが、杏奈を見ているとそれも受け入れてしまうのも悪くないと思いながら
「あんまり無茶じゃないのにしてくれ」
そう言って俺は大げさにため息をつくのだ。
そんな俺を見て杏奈はクスクスと笑っている。
やっぱりこういうのも悪くない。俺はそう思いながらすっかり冷めてしまったコーヒーを口にいれるのだった。




