第2話 清楚美人は見逃さい
「くわ〜っ!」
杏奈と尾上さんが出会うという衝撃の出来事があった翌日、朝の教室で俺は欠伸をしていた。
色々ありすぎてなかなか寝れなかったからだ。
いつもなら読書タイムのばずだが本を手に持っているだけで全く読んでいない。昨日の事が頭から離れず読む気になれなかったからだ。これのせいでなかなか寝れなかったのだが、それでもいつも通り登校した自分を褒めたい。そんな下らない事を考えているとまた欠伸が出た。
「ふふっ眠そうですね」
突然声をかけられ俺が大口を開けた間抜け面で声のした方を見ると杏奈が立っていた。
「おはよう、杏奈」
「おはようございます、大樹くん」
そう言って杏奈は自分の席に座るのだがいつもより動作が緩慢だ。昨日の事もあって心配になった俺は声をかける。
「昨日なかなか寝れなかったんだよ。杏奈も何か疲れてそうだな?」
「私もなかなか寝れなかったんですよ」
「大変だったんだな」
「本当に大変でした」
杏奈のその言葉と表情で俺は全てを察した。
昨日はあれから解散となったのだが、尾上さんが急に「杏奈のところに泊まる」と言い出したのだ。もちろん杏奈は抵抗していたが尾上さんが何やら耳打ちすると渋々ながら受け入れたのである。でたよ密談!ほんと何を言われているのだろうか?女子の密談怖すぎるんだが!
結局、杏奈の家に泊まる事になった尾上さんが杏奈をそのまま送って行ったので俺は1人で帰ったのだ。たぶん、いや絶対、尾上さんになかなか寝させて貰えなかったのだろう。
「それにしても昨日は驚いたよ」
「私も驚きました。まさかお2人が知り合いだったなんて」
そう言って杏奈はため息をついていた。それを見て本当に杏奈と尾上さんは従姉妹なのだと今さらながら実感した。
「本当は今すぐにでも色々とお話したいところなのですが」
「おっはよー!」
杏奈の話を遮るように元気な声が教室の入口から聞こえてきた。久慈川が登校してきたのだ。
俺と杏奈は思わず顔を見合わせて苦笑いしてしまった。久慈川は俺達のところまでくると
「杏奈も大輝もおはよー!」
そう言って杏奈に抱き着いていた。杏奈は久慈川の頭を撫でながら挨拶を返している。
「おはよう」
俺も挨拶を返したのだが久慈川は俺と杏奈の顔を交互に見て
「2人とも何か疲れてない?だいじょぶ?」
心配そうにしてくれる。こいつは本当によく気付くよなぁ、なんて感心してしまう。
「昨日はなかなか寝れなかっただけだ」
「私も従姉妹が泊まりに来ていて、寝るのが遅くなったんです」
俺と杏奈の言葉に久慈川は
「ふ〜ん。2人して寝不足とはねぇ。睡眠は大事なんだよ」
なんて言いながらニヤニヤしている。なに?
いったい今の会話のどこに、ニヤニヤする要素があったんだ?訳がわからず俺が首をひねっていると
「なんだ、その様子じゃほんとに何にも無いっぽいね」
久慈川は少しつまらなそうにそんな事を言い出した。何かってなんだよ?いや色々あったにはあったんだけどな。でも久慈川が言いたい事はそんな事ではないようだ。
「従姉妹が泊まりに来たと言ったじゃないですか。絵里が思っているような事はないですよ」
どうやら杏奈は久慈川の言いたい事が分かったようで呆れた顔をしている。今のでわかったの!2人とも凄すぎない?困惑する俺を見て
「杏奈も大変だねぇ」
「いつもの事なので慣れていますから」
久慈川は俺を残念な子を見る目で見てきて、杏奈は苦笑いをしている。
「2人して何だよ?ついて行けないんだけど」
「まっ大輝は色々頑張りなさいってことだよ」
「そうですね。大輝くんはもう少し女心を理解して下さい」
そう言って2人に笑われててしまった。え〜!今ので全部分からないといけないとか女心難しすぎない?分かる気しないんですけど!
俺の絶望をよそにチャイムが鳴り学校の始まりをつげるのだった。
眠気に負けないように授業を受けて向かえた昼休み、俺達3人はいつも通り校舎の端っこにある空き教室で昼食をとっていた。そしてこれまたいつも通り杏奈の手作り弁当を俺は食べているのだ。尾上さんが泊まっていたのに弁当を作ってきてくれるとか本当に感謝しかない。
しかし俺と杏奈が昨日のことについて話すことは無かった。杏奈はどうか知らないが俺は別に久慈川に内緒にしたかった訳ではない。何も知らない久慈川に最初から説明するのが面倒だっただけなのだ。杏奈も何も言わなかったのでこれ幸いとばかりに俺も話題に出さなかった。
しかし久慈川は杏奈の従姉妹に興味津々なようでアレコレ聞いている。
「へぇ尾上千代さんて言うんだ」
「そうですね。私の母親と千代さんの母親が姉妹なんですよ」
杏奈が昨日は千代姉と呼んでいたのに、今日は千代さんと呼んでいるのが何だか面白くて思わず笑いそうになったが、杏奈にはバレていたようで睨まれてしまった。気を付けなければ!
反省する俺を放っておいて話は続いていく。
俺と杏奈が昨日の事を話す事は無かったのだが久慈川の質問攻めにより結局、昼休みは尾上さんの話題で終わってしまった。
「今日は大輝あんまりしゃべってなかったね」
「そうか?」
「うん!杏奈の従姉妹に興味なかったの?」
昼休みも終わりに近づいてきたので3人で教室に戻っている時に久慈川がそんな事を言い出したのだ。別に興味がなかったわけではない。
杏奈と尾上さんの母親が姉妹だとか初めて知る情報もあったしな。
「別にそんな事はないぞ。久慈川が興味持ちすぎなだけだろ?」
「え〜?そうかな。杏奈の従姉妹とか気になるじゃん!」
じゃんと言われても尾上さんの事を俺は知ってるしな。久慈川が「千代さんてどんな人」と聞いた時に杏奈が「見た目は清楚美人です」なんて説明していた時は笑いを堪えるのに必死だったからな。久慈川は「杏奈と一緒じゃん」と感心していたが俺は別の意味で感心していたし。なぜか杏奈にバレて睨まれてしまったけど。
「まぁ俺なりに話は楽しく聞いてたよ」
「そんなもんかぁ」
久慈川は興味を無くした様でまた杏奈に色々話しかけていた。俺はその事にホッと胸を撫で下ろした。これ以上話を振られるとボロが出る可能性もあったからな。危ない危ない。しかし俺が安堵している事を見逃さなかった人物がいた事に俺はこの時は気付いていなかったのだ。
俺は放課後に喫茶店にいた。今日はバイトも無いし家でゆっくりしようと思っていたのだが、呼び出しをくらったのである。ここに来るまでは特に何とも思っていなかった。全然暇だしオッケー位の気持ちだったのだ。しかし席についてから俺はそんな軽い気持ちで来たことを後悔していた。目の前に座る俺を呼び出した人物からの圧がハンパないのだ!え?何でこんな圧が強いの?俺なんかしたっけ?
「お待たせいたしました。ご注文の品でございます」
そう言って店員さんがコーヒーを2つテーブルのうえに置いてくれる。
「それではごゆっくり」
そう言って立ち去ったが、ごゆっくりなど出来る気がしなかった。『カチャッ』というコーヒーカップを持ち上げる音が聞こえる。彼女はコーヒーを一口飲んだあとようやく口を開いた。
「それでは色々聞かせて頂きましょうか」
そう言って可愛らしく小首をかしげる。
全く可愛く見えなかった。だって目が全く笑っていないんだもん!
「聞かせてくれますよね大輝くん?」
そう言って白瀬杏奈が俺に微笑んでくる。
俺を呼び出したのは杏奈なのである。しかも昨日と同じ喫茶店に呼び出したのだ。こんなの絶対にあえてここを選んだに違いない。
「はい」
俺には素直に返事をするしか道は残されていなかったのである。




