第1話 ギャルと先輩は混ぜるな危険
お客さんもまばらな喫茶店で俺はコーヒーを飲みながらソワソワしていた。夜の喫茶店なんていう初めてのことに対してなのか、それとも目の前の状況に対してなのか。たぶん両方なんだろうな。何故なら俺と杏奈と尾上さんが同じテーブルに座っているからだ。尾上さんは終始ニヤニヤしているし杏奈は一言も話さないのだ。
明らかにここのテーブルだけ周りから浮いているのは気の所為ではないと思う。
コインランドリーの帰り道に杏奈と尾上さんが出会うという俺が最も避けたかった場面が起こったあと尾上さんから「立ち話もなんだし付いておいで」と言われるがまま連れてこられたのがこの喫茶店というわけだ。
俺が想像していた様な壮絶な初対面とはならなかったがこれはこれで予想外すぎる。まさか杏奈が一言も話さないとは思わなかった。しかしそれが逆に妙な緊張感を生んでいる。俺が何が話した方が良いのか?なんて考えていると
「早く自己紹介しなよ。初めましてなんでしょ?杏奈ちゃん」
尾上さんが悪魔のような笑みを浮かべながらそんな事を言い出したのだ。清楚な見た目からは想像できないような煽り方をしている尾上さんを見て、俺はやっぱり会わせるべきでは無かったと後悔した。なんで初対面の人間を前にそんな嬉しそうに煽れるんだよこの人は!
あれ?初対面だよなこの2人は。尾上さんは何で名前を知っているんだろう?俺は不思議に思って首をひねってしまう。それを見た尾上さんはさらにニヤニヤを強めて
「ほらグズグズしてるから大輝がなんかに気づいたよ」
また杏奈を煽り出した。そこでようやく杏奈が顔を上げ尾上さんをジト目で見ながら口を開いたのだ。
「ねぇ何で知ってんの?」
杏奈も尾上さんが名前を知っている事を疑問に思ったようだ。でもそんな喧嘩腰になるのは心臓に悪いのでやめて頂きたい!
「何のこと?」
「しらばっくれないでよ!何で千代姉が大輝の事を知ってんのか聞いてんの!」
そうでは無かった。何故俺の事を知っているのか問い詰めている。尾上さんが俺の事を知ってたらなんかマズイの?
てか千代ねぇ?何?どういうこと?もしかして杏奈のお姉ちゃんなの?俺の中は疑問符で埋め尽くされてしまった。想定外の事が起こりすぎて俺の思考はショート寸前である。そんな俺などお構いなしにない2人の会話は続いている。
「だから言ってんでしょバイトの先輩だって」
「ほんとに言ってんの?」
「ほんとだって!そいつに聞いてみなよ」
そう言って尾上さんは思考がショートした俺を指差してきた。突然の指名について行けない俺に杏奈は詰め寄ってくる。
「大輝ほんとなの?千代姉がバイト先の先輩ってのは!」
「そ、そうだよ。尾上さんはバイトの先輩」
余りにもすごい形相で聞いてくるので俺はその勢いに押されてしまった。それを聞いた杏奈は頭を抱えてしまった。
「さいっあくなんだけど」
それを見た尾上さんは爆笑している。そしてそれを見た俺はドン引きしてしまった。おかげで少し冷静になって思考能力が戻ってきた。
「杏奈と尾上さんは姉妹何ですか?」
ようやく疑問に思った事を聞けたのに尾上さんはポカンとした顔をしたあとに
「姉妹って!やっぱあんた面白いよね!何でそうなるかな。名字違うでしょ」
そう言ってお腹を抱えて爆笑している。杏奈まで俺を残念な子を見る目で見てくるし。何?そんなおかしな事を言ったかな?
爆笑している尾上さんを無視して杏奈は俺に話しかけてきた。
「私と千代姉は姉妹じゃなくて従姉妹なの」
「従姉妹?」
「そう!従姉妹」
なるほど!だからお互いに名前を知っていたのんだな!杏奈が尾上さんに気付かないで「初めまして」なんて言ったから、尾上さんはそれを使って杏奈をからかっていたのか!やっぱり清楚美人の皮をかぶったやべぇやつだな。
俺が納得していると目尻に溜まった涙を拭いながら尾上さんが会話に加わってきた。
「いやぁ笑った!それにしても大輝の言ってたギャルが杏奈だとは思わなかったわ」
「私も大輝の言う先輩が千代姉だとは思わなかった!」
「俺もビックリしましたよ!まさか2人が従姉妹だったなんて!世間は狭いですね」
俺がうんうん頷いていると尾上さんがまたニヤニヤしながら
「いやぁ大樹から色々聞いてるよ」
そう言って杏奈の方を見だした。あっマズイ!そう思った瞬間、杏奈がすごい勢いで俺の方に顔を向けてきた。そして全く笑っていない目で
「大樹?何を話したか教えて?」
そう言ってくるのだ。怖い怖い怖い!俺を見てくる杏奈も怖いが何を話したか答えるのも怖いのだ。何故なら全てを話しているからだ。
そう!全てなのだ。初めて杏奈に出会ってからのアレコレを俺は尾上さんに話しているのだ。
ようやく俺は気付いた。これヤバいやつだと!
答える事が出来ない俺を見て尾上さんは爆笑している。あぁやっぱりこの2人は会わせてはいけない2人だったのだ。
「ねぇ?早く教えて!何を話したのか」
杏奈は俺を問い詰めてくるのをやめない。
俺の背中はすでに汗でびっちょりだ。しかしこのまま何も言わない訳にはいかない。俺がどう答えようか迷っていると
「まぁそんなおかしな事は聞いてないわよ」
尾上さんが助け舟を出してくれた。意外な人物からの助け舟に俺は驚き過ぎてリアクションができない。
「千代姉には聞いてないんですけど」
「そんな問い詰めてやんなって。そいつも困ってんだろ?」
「問い詰めてないもん!」
おお!杏奈がなんか丸め込まれている。
どうやら本当に助けてくれるようだ。やっぱり持つべき者は尾上さんだと感謝した。
「何か家まで送って行ってもいいかとか、学校でも仲良くしてもいいのかとかそんな思春期丸出しな相談してきただけだから言うのが恥ずかしいんだろ?そんな心配すんなって」
俺は後ろから刺された気分だった。何でそれを杏奈に伝えるの?ねぇ何でそんな事するの?
「ま、まぁそれなら別にいいけど」
杏奈は少し照れながら俺を問い詰めるのをやめて、逆に上目遣いで見てくる。いつもならそれを見てドキドキするところだが今はそれどころではない。尾上さんは俺にウィンクをしてきて、助けてやったぞ!みたいな感じを出してくる。確かに助かった。助かったが俺の心のダメージと引き換えにだけどな。そもそもあんたがおかしな事を言い出さなければこんな事にはならなかったはずだ。やっぱりこの人はヤバい!俺は改めてそう思った。




