第18話 清楚美人は怒らせてはいけない
「黒澤大輝は親に捨てられた可哀想なやつ」
今となっては誰が言い出したのか分からないが1年の時に俺はクラスでそう言われていた。
高校に入ると同時に1人暮らしを始め、クラスにも馴染まずバイトに明け暮れる俺を見てそんな事を言い出したやつがいたのだ。
最初はからかいだったのかも知れないが気付いた時には事実の様に言われていた。そしてそれを事実だと信じたクラスメイトに腫れ物扱いされたのである。
もちろんそんな事はデタラメである。俺が1人暮らしを始めたのは親の転勤について行かなかったのが理由だし、特別家族仲が良いわけではないがそれなりに良好だ。
でも俺はその噂を否定しなかった。というよりも否定する前に事実として広がっていたので、今更否定しても意味がないと思ったのだ。
なによりそんな下らない噂に踊らされる奴らと話したいと思わなかったのが大きかった。
奴らは真実などどうでもよくて、自分の信じたいものを信じてそれを話のネタに自分たちの結束を強めるのだ。それに嫌気がさしたのだ。
そんな時に中城先輩や尾上さんの存在が救いになったし、少ないながら普通に接してくれるクラスメイトもいたので、ボッチ気味な高校生活でも気にしなかったのである。
そうやって噂を否定することなく放置していたのだが、まさか今になって言い出すやつがいるとは思わなかった。二股を信じて疑わないやつだからそうもなるのかな?何て考えている間もそいつは喚いていた。
「2人ともそんな親に捨てられた様な奴と仲良くしないほうがいいよ!」
どんな理論だよ。俺は思わず笑いそうになってしまった。やっぱりこう言うやつは何を言っても無駄なのである。知っている通りだ。
「そうですか」
杏奈が一言つぶやいた。その言葉を聞いた瞬間俺は動けなくなってしまっていた。杏奈の言葉を聞いた男子生徒は嬉々として話し出す。
「そうなんだよ!だからそんな奴なんかと」
「あなたは本当に愚かなんですね」
男子生徒の言葉を遮って杏奈が話し出した。
言葉を遮られた事に男子生徒は驚いている。
「そんな下らない噂を信じているのですか?」
俺は杏奈の方を見る事が出来なかった。
微笑んでいるが目が笑っていないのだ。
男子生徒も杏奈の様子がおかしいのに気付いているようだが話を続ける。
「で、でも皆がそう言ってるし」
「皆とは誰ですか?少なくとも私はそんな下らない噂を口にはしたことも信じた事もありませんよ。あなたの言う皆とはどなたの事を言っているのですか?」
可愛らしく小首をかしげているが可愛いとは微塵も思えなかった。男子生徒は目をウロウロさせている。
「まさかこのクラスにそんな馬鹿げた噂を信じているような方がいると言うのですか?」
そんな杏奈の問いかけに答えた人物がいた。
「私は初めて聞いたよー!」
久慈川が場にそぐわない明るい声で言う。
そんな久慈川は一転して真面目な声色で
「てか高校生にもなって、そんな下らない嘘を信じるとか人としてありえないよね」
そう言って久慈川は教室を見渡すが誰も何も言わなかった。
「少なくともこのクラスにはいないようですがあなたの言う皆を早く教えて下さい」
杏奈の問いかけに男子生徒は友人らしき集団を見るが彼らは目をそらした。男子生徒は信じられないものを見るような顔をしている。
「おや?いま何人か目を逸らされましたが、まさか信じていたのですか?もしそうなら何故名乗りでないのですか?」
しかし杏奈はそれを見逃さなかった。逃がす気などなかったのだ。そう彼女は怒っているのだ。とてつもなく怒っているのだ。横にいる俺が怖くてしかないのだ。直接声かけされている彼等はもっと怖いはずだ。
「自分達は悪意のある嘘を言いふらして人を平気で傷付けるのに、いざ自分達が責め立てられればそれを無かったことにしようとする。そんな卑怯な方が同じクラスにいるなど残念でしかたありませんね」
もはや杏奈と久慈川だけではない。他のクラスメイトからも非難の目を向けられて彼等は俯いてしまっている。
「因みに大輝くん。先ほど彼が言った事は本当ですか?もしそうなら私は彼に謝らないといけませんので、教えて頂けませんか?」
杏奈は俺に話をふってきた。
俺は大きく息を吐いて話し出した。
「本当のわけないだろ。何だよ親に捨てられたって。1人暮らししてんのは親の転勤についていかなかったからだよ」
そう言った俺を杏奈はまるでよく出来ましたねと言わんばかりの顔で見てくる。そしてまた彼らの方に向き直して
「貴方がたの発言は嘘のようでしたね?
さてどうするおつもりですか?」
そう言って首をかしげるのだ。
こえー!!まじでこわいんだが!
あいつらもう何も言えなくなってんじゃん!
俺に敵意剥き出しだったやつなんて脚震えちゃってるもん!
もはや教室は誰も話し出せるような雰囲気ではなかった。まさか杏奈がここまでやるとは思っていなかった。ここまで怒るとは思わなかったのだ。このままじゃどうにもならないな。
「杏奈、そこまでにしとけ。怒ってくれたのは嬉しいけどな」
俺は杏奈の方をみて声をかけた。俺の言葉を聞いた杏奈は目をパチクリさせてたあとちょっと不満気な顔をした。後で話を聞いてやるから今は我慢してください。
「お前らもこれに凝りたらもう下らない噂や嘘を言いふらすのやめろよ」
俺はなるべく明るい声を出すように心がけたが出来ていたかどうか分からない。コミュニケーション能力の低さが悔やまれる。
「わたしも少し言い過ぎましたね。それについては申し訳ございません」
杏奈が続いてくれたがお前は少しじゃねぇだろ!めっちゃ問い詰めてたというか追い詰めてたじゃねぇか!
「皆も巻き込んで悪かったな。もうこれで終わりだ!いい加減もう帰ろぜ」
俺がそう言うと久慈川がからかう口調で続いてくる。
「大輝は雑すぎだよねぇ!いきなり帰ろうとか言われても皆困ってるでしょ!もうちょい気が利いた事を言えばいいのに」
「俺ほど気遣いできる人間はいないだろ?」
「それほんとに言ってんの?気の利かない男代表じゃん」
「そこまで、ひどくはないだろ?」
「杏奈どう思う?」
「まぁそこが大輝くんらしいと言いますか」
「そのらしさ嬉しくないんですけど!」
そんな俺達のやり取りを見て少し教室の空気が緩くなるのを感じた。それを見て俺は安心するのだった。
「あと言い忘れましたが、大輝くんが二股をしているというのも嘘ですので」
突然、杏奈がそんな事を言い出した。そして俺の方を見て得意気な笑みを浮かべるのだ。
まるで言ってやったと言わんばかりに。
それ今必要か?皆もう忘れていただろ。
そんな事を考えながら俺はようやく帰る準備を始める事が出来るのであった。




