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 智恵子は翠の視界に彼らが入らないよう、時には友人の輪に加わり時にはビュッフェへと誘った。智恵子の立ち回りのおかげで、その後翠が二人と接触することは全く無かった。結局あの二人は最後まで共にいたらしい。



 星見の会の翌日、智恵子は今日は屋外でランチはどうかと翠を誘った。高等部の校舎の、階段から離れた場所にある合唱部の部室。廊下を挟んで向かい側にはベンチが置かれている小さなベランダがある。


 知る人ぞ知る穴場スポットで、風がよく吹いて気持ちがいい。



 各校舎にある売店でサンドイッチを買った二人は横並びに腰掛ける。


「余計なお世話だったらごめんなさいね。私あの後彼女のこと調べたのよ」

 智恵子は窺うように、しかし意志のこもった瞳で翠と視線を合わせた。


「それでね彼女は9月に入学してきた子らしいの、葛木桃(かつらぎもも)さんよ」

 たった1ヶ月そこらで巴とあそこまで仲が良くなったのだと思うと、翠はもはや嫉妬すらしなかった。


「ほら少し前にパンケーキが流行ったじゃない?それで一気に会社が大きくなったらしくて」

 智恵子は一口サンドイッチを頬張り、少し声を潜めて続けた。


「つまり彼女は、最近急成長した新興企業の社長令嬢なの。でも会社の規模的にうちに入れるほどではないと思うのだけれど…」


 天璋院学園は簡単に言うとお金持ちの子が通う学校ではあるが、お金があれば誰でも入れる訳ではない。経済力はもちろんのこと、ある程度家柄や経歴だって加味されるのだ。たまたま一つビジネスを当てた程度で入学できるところではない。


 翠は智恵子の言葉を聞き、思案するように目を伏せた。そして一つの可能性が浮上してくる。


「そうね、もしかしたら誰かの手回しがあったかもしれないわね」


 翠の言葉に、智恵子ははっと息を飲んだ。


「誰かって……西條家?」


 翠はただ静かに頷いた。巴の父、つまり西條家当主が、彼女の入学に何らかの形で関与した可能性。それが事実なら、単なる「案内役」という言葉では片付けられない深いつながりがあることになる。そして、あのペアのドレスとスーツ。偶然にしてはできすぎている。


 翠の胸に、昨日感じた屈辱感とは違う、もっと冷たく、重い何かがのしかかってきた。


 単なる個人の感情のもつれではない。もしこれが、家同士の新たな関係、あるいは西條家の策略の一部だとしたら――。嫌な予感がよぎった。




 けれど…、それで私に何が出来るのだろうか。この婚約はそもそも巴でも私の意思でもない。あくまで政略結婚なのだ。父は合理性の塊のような人だから、最初から私の気持ちなどどうだっていいはず。


 仮に西條家が葛木さんのところと繋がっているかもしれないと、私が申し出たところで何になるのだろうか。私ですら気がつくことに父が気付かないはずがない。


 あの手腕で祖父から受け継いだ会社をさらに大きくしたのが父だ。歴代の中でもトップクラスに優秀だと言われている。私が言わなくても、とっくの昔に情報を掴んでいるだろう。



 無力感が、翠の全身を包み込む。せいぜい私に出来ることと言えば、高城家の名に恥じぬよう日々真面目に生きることだけだ。関係を良くしようとするのは無駄な労力であり、ただこちらに不手際がないよう接するだけだ。

 


「まぁでも私には関係のないことだから。全ては父の意思よ」


 西條家と、あの少女の家の間に何があろうと、それは翠個人の力でどうこうできる範疇ではない。むしろ。下手に動けば、父の合理的な判断を妨げることになるかもしれない。政略結婚という名のレールの上を、ただ進むしかないのだ。


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