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 二人の姿が近づいてきて、翠は思わず後退りした。少し頭を冷やさないと。今のままでは表情が取り繕える気がしなかった。


 しかし視線を感じたのか、巴とバチッと視線が合う。それにつられて隣の子が翠を視界にとらえた。


 翠は咄嗟に口元を引き締めた。逃げることはできない。ここで立ち去れば、弱みを見せることになってしまう。それだけは避けたかった。翠は、深呼吸をして胸に一歩前に踏み出した。


「こんばんは、素敵なスーツね」

 声が震えてないことに翠は安心した。

「ああ」

 ただ一言そう答え、巴はこちらを窺うように口を閉じた。

「隣の可愛らしい女性は同級生かしら?」

 翠はあくまで穏やかに、しかし探るように問いかけた。彼女の視線は、あくまで巴に向けられている。


 怪訝そうにこちらと巴を交互に見ている様子からすると、私のことを知らないらしい。まあ彼が公言しているとは思ってもいなかったけれど。


 

「ああ、あまりこういう場所は慣れていないから案内しているだけだ」


 巴の声は、いつも通りのそっけないものだった。

 「案内しているだけ」その言葉を鵜呑みにするには、彼らはあまりに親密すぎた。彼の隣でぴたっと張り付く彼女の様子は、どう見ても「案内」だけではなかった。しかも、あのペアのドレスとスーツ。


 翠は、視線を少女へと向けた。彼女の顔は、巴の言葉でわずかに曇ったように見えたが、すぐに持ち前の自信を取り戻したようだった。


「巴くんのお知り合いの方ですか?」


 少女の声には、はっきりと挑戦的な響きを含んでいた。


「そうなの。でも、ドレスまでお揃いとは珍しいわね。彼のグレーのスーツに合わせてくださったのかしら?」


 翠は、笑顔を貼り付けたまま、堂々とした態度で答えた。少女は、翠の言葉にピクリと反応し、巴の腕にそっと触れるような仕草をした。恐らく私が彼の婚約者だと勘付いたのだろう。


 会場のざわめきが、なぜか遠く聞こえる。


「彼女はこういう場に慣れていない言っただろ」

 巴は、詮索をする翠を鬱陶しがるように言った。


「そうなんです。周りと浮きたくなかったので、巴くんのスーツに寄せさせてもらったんです」

 彼女は甘えた声で巴に擦り寄る。

 

 私には一言グレーとしか教えなかったのに、彼女には詳しく伝えたのね。


 翠は心臓が冷たい血でじわじわと侵食されていく心地がした。巴は、そんな少女の態度を制するでもなく、むしろどこか満足げな表情すら浮かべているように見えた。


「そうなの。それは親切な案内役ね」


 翠は、精一杯の皮肉を込めて言った。巴は何も答えず、ただ冷たい視線を翠に向けた。隣の少女は、翠の言葉に小さく唇を歪め、勝利を確信したかのように巴の腕にさらに身を寄せた。


 もう私の居場所はない。翠は、チャコールグレーのドレスを纏った自分の手が、微かに震えているのを感じた。

 

 最後に「この後も是非楽しんでね」と彼らに笑いかけ、翠はくるっと優雅に背を向けた。これ以上ここに留まっても無駄でしかない。


 

 振り返ると何とも言えない顔をした親友の姿があった。もしや見られてしまっていたのかしら。

「智恵子どうしたの」

「翠…」


 その瞳は、心配と、そして何かを悟ったような複雑な光を宿していた。続きを促すように、翠は微笑んだ。


「彼貴方の婚約者よね?」

「形式上はね」

「あの隣の子は?」

「存じ上げないわ。名前を聞くのも忘れてしまったの」


 智恵子はドン引きしていた。いや翠と巴の事情を知っている者はみな一様に唖然としていた。


 婚約者である翠をエスコートしようともせず、その上ほっぽり出して他の女と身を寄せ合う。極め付けはあの格好だ。西條家は確かに高城家に並ぶ経済力と家柄だが、翠の顔に泥を塗るような真似は許されるものではないはずだ。


 これが家にバレれば彼は大変なことになるだろう。何故あんな強気な態度なのか、智恵子はさっぱり理解できなかった。

 

 智恵子は翠の手をそっと取り、その冷たさに驚いた。普段の翠からは想像もできない微かな震えが伝わってくる。智恵子は何も言わず、ただぎゅっと翠の手を握る。



「ありがとう智恵子。でもねずっと前からあんな感じだから大丈夫よ」

 諦念が混じった声だった。智恵子はそれを聞いて、些細な喧嘩やすれ違いではないのだと分かった。


「そう。あんな人たち放って楽しみましょ!デザートはもう食べた?」

 

 彼らのところから一刻も翠を遠ざけたかった。そして智恵子は翠にバレないよう、巴とあの少女が立つ方へ鋭い視線を向けた。

 


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