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星見の会前日に、翠は『明日はどこで待ち合わせますか』と送った。基本的にパートナーは一緒に入場するものだ。しかし返信はまさかの『先に行っててくれ』だった。
巴が自分に冷たいのは重々承知の上だったが、まさか誘いを断るとは思わなかった翠は驚愕した。彼は実行委員でも何でもなかったはずだ。星見の会はその趣旨から、集合時間は午後7時から7時半の間。当然授業はない。一体何の用だろうか。
一緒に入場する方が印象は良いが、智恵子のように婚約者が委員の場合もあるので友人同士で入ることも珍しくはない。珍しくはないが、、、
用について聞くべきかどうか翠は悩んで、幾度も逡巡した後、別のトークルームを開いた。
『明日一人?なら一緒に行かない?』
『あれいいの?』
『ええ彼、予定があるみたい』
『そうなのね。是非一緒行きましょう!一人は心細いと思っていたのよ』
『じゃあ明日7時に銅像の前でどうかしら』
『もちろん!貴方のドレスとっても楽しみだわ』
喜んで誘いに乗ってくれた親友に、翠は口元を綻ばせた。彼女はオレンジ色のドレスだと言っていた。きっと明るく気立のいい彼女によく似合うだろう。
翌日、午後7時。天璋院学園のシンボルである創設者の銅像前には、既に数人の生徒たちがパートナーや友人と共に集まり始めていた。まだ星はまばらだが、学園全体は祭りのような高揚感に包まれている。
翠が選んだチャコールグレーのシフォンの柔らかな生地が風に揺れ、控えめなラメが光を吸い込んで静かに輝いていた。ぴんと伸ばした背筋は、どんな状況でも強くありたいという翠自身の意志を示しているようだった。
約束の時間ぴったりに、智恵子が弾むようにこちらに向かってくるのが見えた。彼女の纏う鮮やかなオレンジ色のドレスは、周囲の夜景に映えてひときわ明るく輝いていた。
「翠! 待った?」
「いいえ。ちょうど今来たところよ」
智恵子は翠のドレスを見て、目を輝かせた。
「わぁ、素敵! 落ち着いた色なのに、翠によく似合ってる!私も頑張って選んだのよ、見てちょうだい」
智恵子は楽しそうにくるりと一回転し、軽やかに笑う。
「ええとても綺麗よ、智恵子。きっと彼も喜ぶわ」
「そうかしら? ふふ、ありがとう」
智恵子の屈託のない笑顔を見ていると、翠の心にじんわりと温かいものが広がる。私にとってかけがえのない人。彼女の幸せはこちらにも伝播してくるようだ。巴と一緒に入場出来ないのは残念だが、親友とこうして和やかに過ごせるのなら、それも悪くない。そう思えた。
「たくさん食べて、めいっぱい楽しみましょうね」
智恵子の明るい声に促され、二人は肩を並べて会場へと続く石畳を歩き出した。煌びやかな会場の入口へと向かう二人の背中は、どこか対照的だった。かたや周りを照らす太陽のようで、もう一方はじっと雪を耐え忍ぶ蕾のよう。
煌びやかな会場の入り口が目前に迫る。月や星の形のオーナメントが散りばめられ、会場がまるで星空のようだった。
その幻想的な光景は、翠の不安な心を一時忘れさせるほどだったが、翠の胸には、巴の言葉の裏に隠された真実への漠然とした不安が、依然として燻っていた。