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 翠たちが通う天璋院学園は中高一貫校であり、入学式が2回ある珍しい学園である。大多数の生徒は4月に入学するが、海外に留学していた者を受け入れるため9月にも入学式が行われる。ただ高等部からの転入は認められず、基本的に中等部のみの受け入れとなっている。


 したがって9月7日は高等部の生徒は休校だ。重い腰を上げ、翠はこの機会を活かしてドレスを見繕いに行こうとしていた。



 彼はグレーと言っていたけれど、クローゼットにはイベント向きのものはなかった。スーツでグレーなら重すぎないが、ドレスとなると地味になりがちだ。今回は星見の会に相応しい華やかな物を探さなければ。


 

 翠は数日前に馴染みの老舗のドレスサロンに、アポイントメントを取っておいた。ドレス選びは本来ならば胸躍る時間のはずなのに、今はどうにも気が進まない。彼のあの返事が、まるで重い足枷のように翠の心を縛り付けている。


 

 真っ白なシャツにストライプのベストをスタイリッシュに着こなす店員たちと相談しながら、数着のドレスを試着していく。翠は最初からグレーとは言わなかった。それは彼の無関心な態度に対する、翠なりの微かな反発だったのかもしれない。



 

 ペールブルーのドレスは翠の凛とした美しさを引き立て、レースがあしらわれたオフホワイトのドレスは翠の高潔さを際立たせた。どれも星見の会はふさわしい美しいドレスだった。


 

 だが、どのドレスを身につけても、心の奥に広がる虚しさは消えなかった。こんな華やかなドレスでも彼はなんとも思わない。彼の言葉に反発したい気持ちはあるはずなのに、結局私は本音を呑み込み、彼に振り回される。


 それは、体裁が大事な良家の娘としての務めか、それともまだ彼にすがるような未練なのか。翠の心の中で、複雑な感情が渦巻く。



「あの、グレーのドレスは、ありませんでしょうか」


 翠は、自分でも驚くほど平坦な声で尋ねた。店員は一瞬目を見開いたが、すぐにプロの笑顔で頷く。

 

「かしこまりました。こちらのドレスはいかがでしょうか。星空の下では控えめながらも上品な輝きを放つことと存じます。」


 勧められ袖を通したのは、チャコールグレーのロングドレスだった。柔らかなシルクのシフォンが幾重にも重なり、動くたびに優美なドレープを描く。


 鏡に映る自分は、色味も相まって更に大人びて見えた。ただでさえ彼より3つ年上なのに、彼と並ぶところを想像すると、少し心配になる。



 けれど、、、素敵なドレスだ。派手すぎず、かといって地味でもない。あまり華美なものが得意ではない翠にはピッタリのドレスだった。

 

「こちらにします」


 翠はそう告げた。このドレスが彼との関係に何か変化をもたらすとは到底思えない。この状況を、何事もなく乗り切るための「鎧」でしかない。


 鏡に映る自分の姿を正面から見つめる。その瞳の奥には、期待よりも諦念に近い感情が揺れていた。


 

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