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 冬休みも半ば、翠は智恵子と連れ立って、郊外にある自然豊かなカフェを訪れていた。暖かい日差しが差し込む窓際の席に座り、運ばれてきた華やかなケーキセットを前に、二人の会話は自然と学園のことに移っていった。普段の慌ただしさから解放された穏やかな時間は、翠にとって何よりの安らぎだった。


 智恵子が、自分のカップをそっと持ち上げた。

「それにしても、翠は今回も首席だったわね。本当にすごいわ」


 翠は小さく微笑んだ。

「ありがとう、頑張った甲斐があったわ」


 翠は、ケーキにフォークを入れながら、少しだけ躊躇するように間を置き、視線を彷徨わせた。

「そういえば、先日少しばかり中等部の掲示板も覗いてみたのだけれど…」


 智恵子は、翠のわずかな変化に気づいたようだった。興味と、ほんの少しの心配を混ぜたような表情で、翠の言葉の続きを待つ。


「巴の成績が、随分と落ちていたの。まさか、五十位以下になるなんて」

 実際は50よりも100に近かったが、本当の順位はぼかして伝えた。


 智恵子は、驚いて目を見開いた。

「えっ西條くんが!? 中等部とはいえ、いつもは上位の方だったわよね」


 智恵子も、巴の優秀さを知っているだけに、その急落ぶりには驚きを隠せないようだった。翠は、動揺する智恵子を横目にさらに続けた。


「ええ。それに葛木さんの成績も、あまり良くなかったわ。ほとんど最下位に近い順位だったもの」


「嘘でしょう…」


 智恵子の声は、完全に絶句していた。天璋院学園に転入してきたばかりとはいえ、名門西條家の次男と公然と交際している女子生徒が、学年で最下位に近い成績を取るというのは、俄には信じがたいことだった。


 翠は、智恵子の驚きをよそに、淡々とした声で締めくくった。

「そうよ。だから、本当に驚いたわ。彼が、あそこまでうつつを抜かすなんて」


 翠の言葉には、巴に対する恋心は一切混じっていなかった。そこにあったのは、ただただ、与えられた立場を疎かにし、自分を堕落させた彼への失望だけだった。彼が、西條家の御曹司として、そして自分の婚約者として、あるべき姿からあまりにもかけ離れてしまった事実に、呆れが隠せない。



「本当に、西條くんらしくないわね。どうしちゃったのかしら」


 智恵子はティーカップへと視線を落とした。彼女にとって、巴の変化は理解し難いものだった。


 翠は、淡々と答えた。

「さあ。私には分からないわ。ただ言えるのは、彼は彼自身の選択の結果を、いつか受け入れることになる、ということだけよ」


 翠の瞳は、未来が見えているかのように、静かに澄み切っていた。感情的な揺らぎは一切なく、ただ事実を事実として受け止める強さがそこにはあった。


 巴のお父上がどういうお考えなのかは知らないが、巴と葛木さんが婚約することは万に一つもあり得ない。この状況がいつまでも続きはしないだろう、翠はそう確信していた。



「そうね。まあ、西條家のことだから、きっと何か考えているのでしょうけど」


 智恵子もまた、深追いはしなかった。自分が安易に口を挟めるものではないと理解しているからだ。二人の間には、重苦しい沈黙ではなく静かな空気が流れていた。



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