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葉っぱが散り終え昼の光景が少しばかり寂しくなった12月、巴は今日も桃とのデートへと出掛けた。お手伝いさんに夜はいらない、とだけ伝え扉を開ける。
天璋院学園は生徒の自主性を重んじるため、長期休暇では課題を出さなかった。堕落するもしないも自己責任という訳である。冬休みが明ければ、3学期が始まりすぐに学年末総合試験がやってくる。
巴にとってはもはやどうでもいいことだが。
2人が向かったのは、クリスマス仕様に装飾された都心の有名デパートだった。ショーウィンドウには、高級ブランドの煌びやかな宝飾品や、最新のファッションが並んでいる。桃は目を輝かせ、巴の腕に身を絡ませて離れない。
「巴くん、見て! あのネックレス、すごく素敵!」
桃が無邪気に指差す先には、翠が身につけてそうな繊細で上品なデザインのペンダントがあった。巴にはあまり女性のファッションというものは分からないが、ただ桃の求めるままに、彼女を連れて店の中へと入っていく。
店員が恭しく出迎える中、桃は遠慮なく高価な品を試着し、巴はその光景をぼんやりと眺めていた。彼女が満足げに微笑むたびに、巴の胸に満たされるのは、自分が桃にとって「特別な存在」であるという、薄っぺらな優越感だけだ。
それは、自分には敵わない翠や父親、兄から逃れるための、唯一の安らぎだった。
小さなショッパーを手に、次はエレベーターで上に向かう。巴は、辺りを一望できる大きな窓が特徴的なイタリアンレストランを予約していた。暖かい色合いの店内は、サンタのオーナメントなどが飾られ、センスの良さが窺える。
桃は巴の向かいで、柔らかなステーキを頬張りながら、今日の楽しかった出来事を弾む声で語り続けた。
「巴くんと一緒だと、どこに行っても楽しいな! ずっとこうしていたいね!」
桃はとろけるような笑顔を向けた。巴は、その純粋な眼差しを受け止めながら、内心ではどこか冷めている自分を感じていた。
成績が落ちたことへの後ろめたさ、そして家族の何の感情も映し出さない視線が頭の片隅にあるものの、目の前の桃の甘える声と、彼女が自分を必要とする感覚が、それらすべてを一時的に忘れさせてくれる。
「今度巴くんのご家族にも会いたいな〜」
「機会があればな」
そんな機会は来ないと巴は知っていたが、ただ曖昧に頷いた。葛木家は確かに勢いのある新興企業だが、家柄からしても経済力からしても高城家には遠く及ばない。父は絶対に婚約破棄など認めないだろう。巴の気持ちなど関係ない。
なぜこの状況を知りながら、父が何も言わないのかは分からないが、桃と結ばれることはない。
そんな巴の心境とは裏腹に、桃は疑うことすら知らない。この関係が、永遠に続くものだと信じきっているのだ。
彼女にとって、巴は、自身を甘やかし、ありのままを受け入れてくれる、夢のような王子様だった。そして巴もまた、その幻想の中に逃げ込んでいる。この束の間の幸福が、やがて来る残酷な現実に、どれほどの重みを持つのかを、二人ともまだ知る由もなかった。