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試験が終わったことで、中等部の校舎は開放的なムードに包まれていた。あと少しもすれば冬季休暇である。皆、肩の荷がおり落ち着いた表情を取り戻す。
昼休みになり、ほとんどの生徒がカフェテリアへと散っていく。巴もまた、いつものように葛木桃と連れ立って席を立とうとした、その時だった。
「おい、西條」
後ろの席から、三上の声が聞こえた。三上は、巴の真後ろの席に座っているため、授業中も何かと話す機会は多い。以前はよくご飯を食べていたが、葛木桃が入学してからは一気に関係が疎遠になった。
巴は「何だよ」とぶっきらぼうに答えた。三上は彼女がこちらに近づいてくるのが見えたが、気にせず会話を続けた。
「いや、ちょっと気になってさ。お前、今回の期末、どうしたんだよ? なんかいつもと随分違う順位だったけど」
三上は、周囲に聞かれないよう、一応声を潜めた。しかし、その声には心配な色だけでなく、明らかに巴を非難するようなものも混じっていた。
痛い所をつかれ、巴は一気に表情を変えた。
「俺の成績がお前に関係あるのか」
巴の声は低く、明確に拒絶の意を示していた。
「いや、そりゃお前の問題だけどさ…」
三上は言葉を選んだ。やはり、あの高城家の長女と婚約している西條家の御曹司が、突然成績を急落させ、しかも最近入学してきたばかりの葛木桃とばかりつるんでいる。学園中の誰もがその変化に気づいているだろう。
「お前、家とかで何も言われねぇのかよ? 正直、周りも結構ざわついてるぞ」
それは、巴が最も聞きたくない現実だった。家からの評価、そして高城翠との婚約。これらは、彼が桃といることで忘れようとしていた、重い鎖のようなものだった。
桃はどうしていいか分からず、ただ巴を見上げるばかりだ。
「そんなこと関係ないだろ、お前には」
巴は、三上の顔を突き飛ばすように桃の手を引いて足早に去っていった。
三上は、その場に立ち尽くし遠ざかる巴の後ろ姿を複雑な面持ちで見送った。確かに正式な後継者は兄だろうが、成績優秀で将来が約束されている。はずなのに、そんな彼が、今や自身の感情に流され体面も顧みない姿に、三上はただ首を傾げるしかなかった。
家からのプレッシャーなのか。それとも高城翠との間に何かあったのか。このままでは、ただでさえ厳しい名家の世界で、巴がどうなるのか。そんな漠然とした不安が、彼の胸に広がった。
巴と高城さんの婚約は、学園ではほとんど公然の事実だった。それは彼らが所属する世界では、親同士が決めた不可侵の盟約のようなものだ。それを巴は、この数ヶ月でまるで取るに足らないもののように扱っている。
特に、あの星見の会での態度は、見ている方が居たたまれないほどだった。翠が気丈に振舞っていたのが何よりの幸運だった。本来ならあの場面で事を大きくするなんて、彼女にとって訳ないことだし、文句を言える立場のものも居なかっただろう。
三上には、巴がなぜそこまで葛木桃に傾倒するのか理解できなかった。ただの女子生徒で、お世辞にも成績が良いとは言えない彼女に。愛嬌がある、三上にとってはただそれだけのように思えた。
西條家ほどの家が、そんな彼女の家と組む理由などどこにもない。いや、むしろ巴の父なら、こんな状況を放置しておくはずがない。
いいしれぬ不安が、彼の胸を渦巻いた。巴個人の問題ではなく、何か大きな思惑に巻き込まれているのではないか。
そんな考えが、三上の頭をよぎったが、彼にできることなど何もない。ただ、友人だった男のあまりの変化に、静かに困惑するばかりだった。