12
張り詰めた空気の中、期末テストの全日程が終了した。
翠は、最後の科目の答案用紙を提出し終え深く息を吐く。手応えはあった。しかし、どんなに完璧にこなしたつもりでも、結果が出るまでは安心できない。それは、幼い頃からの性だった。
最終日から土日を跨いだ月曜日。廊下には人だかりが出来ていた。生徒たちは、自分の名前を探し一喜一憂する。背中は雄弁で、いい成績なのかどうかが一目瞭然だ。
翠は、智恵子と共に廊下へと向かった。心臓がわずかに高鳴る。生徒たちは翠の姿を見つけると、皆が道を空けるように左右に分かれた。その視線が、翠のプレッシャーをさらに増幅させる。
一番右の名前を確認すると、翠は無意識のうちに小さく息を吐いた。当然の結果であるにもかかわらず、その瞬間だけは張り詰めていた心が緩むのを感じた。
やはり、今回も首席だった。
智恵子のスカートが嬉しそうに舞い上がる。
「すごいわ、翠!やっぱり今回も首席なのね、さすがよ!」
智恵子の声は、心からの賞賛と誇らしさを含んでいた。
「ありがとう、智恵子」
その場にいた同級生からも賞賛の声が上がる。
「おめでとう翠」
「おめでとう、勉強教えてくれてありがとね」
「これからも応援してるわ」
翠は全員ににっこりと微笑み、教室へ戻る。今年も安心して冬休みを迎えられそうで良かった。
試験も終わり、ほとんどの生徒がカフェテリアへと消えるお昼休み。翠は中等部の校舎にいた。高等部の校舎とは異なり、中等部の廊下は少し天井が低い。といっても天井に頭をぶつける人は見たことないが。
右から順々に視線をなぞっていく。悪いことをしている訳ではないけれど、周囲からの視線は避けたかったのだ。高等部の生徒が中等部の成績掲示板を覗き込むのは、あまり好ましい光景ではないだろう。
ぱっと見ではバレないにしても、ネクタイピンを見れば一目瞭然であるし、生徒会副会長の翠はそこそこ有名人である。
次第に翠は焦り始める。前回の順位を過ぎても、巴の名前がなかったのだ。もしかして見落としてしまったのだろうか。もう一度最初から見てみるが、やはりない。指先が、無意識に紙の端を辿る。50位を過ぎ、番号が3桁に近くなってきた時、ようやく西條巴の名前があった。
「…っ」
翠は息を呑んだ。まさか、こんな順位に。どうしたのだろうか。何故こんなに成績が振るわなくなってしまったのか。翠はショックだった。どうして。
けれど聡い翠は、すぐに彼女の存在を思い出した。そうだ。葛木さんの順位はどうなのだろう。巴の横から左にずれていくと、紙の切れ端に近いところに彼女の名前はあった。
その順位は、学年のほぼ最下位に近いものだった。翠は目を凝らす。間違いなく、葛木桃の名前だ。
巴は大幅に順位を落とし、葛木桃は学年のほぼ最下位。この二つの事実は、あまりにも衝撃的で、翠の頭の中で複雑に絡み合った。
巴が彼女にうつつを抜かし、彼は勉強を放棄したというのか。それとも、彼女が彼の集中力を奪い、それが成績に影響したというのだろうか。
翠は、掲示板から視線を外し思わず手を握りしめた。胸の奥に、冷たい感情の波が押し寄せる。それは、理解しがたい、そして解決しようのない、深い戸惑いと、虚しさが混じり合っていた。