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あっという間に11月も終盤、天璋院学園は期末テストの雰囲気に包まれていた。廊下ですれ違う生徒たちの顔には、いつにも増して真剣な色が浮かんでいる。4月入学組にとっては2学期末、9月に入学してきた葛木桃たちにとっては初めての学内試験である。
しかも天璋院学園では各試験の学内順位が、教室前の廊下に張り出されるのだ。点数こそ分からないものの、自分が同じ学年の中でどれくらいの位置にいるのかは容易に分かってしまう。
翠にとって、学業は常に高城家の娘としての務めであり、自己を証明する大切な場でもあった。どんなに心が揺れていようとも、成績だけは決して落とすわけにはいかない。
一方で、巴との成績の差も、彼女が彼に劣等感を抱かせる要因であった。彼は学年でも上位の成績を収めるが、常に翠の方が上だった。当然受けているテストは違うのだが、翠が常に学年首席をキープしていることを考えると、二人の間には差があった。
彼の冷淡な態度に、自分の優秀さが拍車をかけているのではないかと、時折自問自答することもあった。しかし、だからといって手を抜くことなど、翠の矜持が許さない。
テスト期間中学園内の空気は張り詰めていた。昼食時、食堂でも参考書を広げる生徒たちの姿が目につく。
この時期になると翠は引っ張りだこで、お昼は教室でクラスメイトの質問に答えていた。
「翠、この物理の公式、どうやって導くんだっけ?」
「翠、古典の文法がどうしても頭に入らなくて、、」
次々と飛んでくる質問に、翠は一つ一つ丁寧に答えていく。彼女の解説は的確で分かりやすく、難しい問題もするりと頭に入ってくるようだと、皆から重宝された。
いつもより多忙な日々の中でも、ふとした瞬間に、校内で見た巴と葛木桃の姿が脳裏をよぎった。巴は、以前にも増して彼女に対して柔らかな表情を見せていた。その姿は、翠が知る無表情な彼とはまるで別人だった。そして、彼女は周囲の視線など気にも留めず、堂々と巴の隣に立っている。
テスト期間中だというのに、二人には焦りや緊張の色は全く見えなかった。彼らがどれほどの成績を収めるのか、翠には知る由もなかったが、私は自分のやるべきことをやるだけだと自分を奮い立たせた。
翠は、ペンを持つ手をいつものように動かす。彼女にとって、試験で良い成績を収めることは、特別なことではない。日々の予習復習を怠らず、疑問点を放置しない。それを徹底していれば、自然と結果はついてくる。
しかし、あの二人の姿が脳裏をよぎるたび、微かな苛立ちが胸の奥に広がるのを感じた。もはや巴への恋心も、葛木桃への嫉妬心もない。自分の日常に不必要な波風を立てられることが不愉快なのだ。翠は、冷めた紅茶を一口飲み、再び参考書に視線を落とした。