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 パキッと音を立ててシャープペンシルの芯が飛んでいった。それと同時に高城(たかしろ)(みどり)の集中力が切れた。


 とりあえず消しカスを払いノートを確認すれば、大体8割といったところだろうか。今週が提出期限のこの課題も、いつもと同じように早めに片してしまいたい。ギリギリにまでやらなければいけない事を残すのはどうにもモヤモヤしてしまう。


 難易度的にはなんてことはない。それでもこうして最後まで集中力が続かない理由を、翠はしっかりと自覚していた。何を隠そう今年入学してきたばかりの年下の婚約者のことだった。最近の悩みの種といえばこればかりである。



 風に誘われ薄紅色の花びらが舞い、誰もが新しい環境に浮き立っている。翠は生徒会の副会長ということもあり、入学式に参列していた。スピーチこそしなかったものの、式の段取りを担う司会という大役。翠は壇上の下でマイクを持ち続けた。


 彼女の雨上がりの露がきらめく紫陽花のような声と凛とした態度は、教師たちの感嘆を受け、新入生たちの注目を浴びた。その姿を一目見ようと新入生は前の隙間を探る。


 ぴんと伸びた背中・隙のない立ち姿は、まさに生徒たちのお手本に相応しいと理事長も深く頷いていたそうだ。




西條(さいじょう)(ともえ)

「はい」

 まだ声変わり前の高い声が講堂に響く。翠は静かに声の主を見遣った。あんまり凝視し過ぎては不審がられてしまう。それに視線が合っては気まずい。(まあそんなことある訳ないのだけれど)


 肩に付かない程度に整えられた黒髪に菖蒲色の瞳、中等部一年生にしては175cmと恵まれた体格。真新しい紺色のブレザーは良く似合っている。ネクタイには中等部であることを証明するシルバーのピンが輝く。父親譲りのクールな顔立ちはさぞや女性にモテることだろう。


 そもそも何故彼と婚約者なのかと言われれば、大したことはない。家柄・経済面で申し分ないと両家の親同士が決めたことだった。翠にとっては小さい頃に仲が良かった、という漠然とした理由がそのすべてを肯定していたように思う。



 初めて会ったのは彼が5歳の時。それはそれは本当に可愛かった。あの頃から確かに凛々しい顔立ちだったが、今とは違い感情豊かで天真爛漫。ふわふわと庭で舞う蝶々にさえ驚いて泣きついてくるような子だった。



 私にも兄が居たが歳が随分と離れている上、次期後継者ということもあり、ほとんど遊ぶことはなかった。

 だから嬉しかった、何かあれば自分に抱きついてくる彼が。会えた時には決まって彼のぷくぷくした手を引いて、色んな事をお姉さんぶって教えたものだった。「あれは触っちゃいけないものよ」「足元を見ないと転ぶわよ」などと言ってお家の中を連れ回った。


 当時の私にはまだ恋心なんて無かったと思う。ただ可愛い可愛い弟が出来たようで舞い上がっていた。頼られる嬉しさに小さな優越感が満たされ、この先も一緒にいられるのは幸せなことだと信じきっていた。


 「みどりちゃん」と舌足らずに呼ばれるのが、あの頃の私にとって何よりの幸せだったのだ。



 それが今。

 態度が変わり始めたのは小学校の高学年に上がった頃だっただろうか。私と距離を取るようになった。以前はよく自分のことを話してくれていたのにさっぱりそれが無くなった。


 一応婚約者ということもあり定期的に食事を共にしていたが、今では沈黙が場を支配するばかりだ。何を聞いても何を言っても満足できる反応はない。私が一人で話し続ける、そんなものへと成り下がってしまった。


 それに彼は何だか周りに見られるのを嫌がるように、仏頂面がデフォルトになってしまった。眉尻を下げて笑う彼はもういない。



 食事会こそ続いてるもののそれ以外では全く交流がない。関係が冷え切っているのは誰の目にも明らかだった、翠にはそう思えた。入学式から既に3ヶ月が経ったが状況が変わる兆しはない。せっかく同じ学舎で過ごせているというのに。出来ればお昼の時間はたまにでいいから一緒に食べたいし、学校から出るわずかな時間でさえも共有したい。


 そんなことを言っても受け入れられないと分かっているから言ったことはないけれど。翠は思わず溜息をついた。デスクの時計を確認するともう10時を回っている。翠の就寝時間は決まって11時だ。慌てて課題へと意識を向ける。


 いけないいけない。やるべきことはしっかりやらなければ。後継者は兄だといえ、高城家に泥を塗ることは出来ない。成績が下から数えた方が早いなどということは万に一つもあってはならないのだ。



 規則正しい日々を送ることが、高城の娘としての務め。そして、婚約者である巴との関係もまた家同士の務めなのだと、翠は自分に言い聞かせた。


 窓の外はすでに静まり返り、この広い世界で、私だけが、どこか取り残されているような、そんな気がしてならなかった。

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