オバケ
『このキャンプ場にはな、オバケが出るんや』
だから夜になったら一人でテントの外に出たらあかんで。
というヨウちゃんのお父さんの注意を聞いてから、僕とヨウちゃんは川にあそびにいった。
この時の僕らは小学二年生。
ヨウちゃんのお父さんと僕のお父さんは昔っからの友だちで、遠くへ行くときはよくおたがいの家族もさそって出掛けていた。
キャンプ場には、僕らのほかにも何人かの親子が来ていた。
僕とヨウちゃんは、緑の山のなかにある川に、Tシャツと半ズボンのまま入っていった。
川はあさかった。
僕たちより小さい、幼稚園くらいの子供が、ズボンをたくし上げたお母さんに見守られてパチャパチャ水あそびしていた。
僕とヨウちゃんは、泳げない深さだったからちょっとガッカリした。けど、水をかけあったり、川の底に手をついてワニのマネをしたりしているあいだに、だんだん楽しくなってきた。
その内ヨウちゃんが
「もぐりっこせえへん?」
ときいてきて、僕は「ええよ」と答えた。
水面に『いっせーのーせ』で顔をつけて、どっちが長く息を止めていられるかを勝負した。
僕は頭のなかで十秒くらい数えて、苦しくなったから、あいてのようすを見ようと、水の中でちょっと目をあけた。
顔が外に出てしまわないように、少し首をかたむけて、上目づかいするみたいに見てみると、ぼんやりした水中には、ヨウちゃんがいなかった。
パシャッ、と僕は川から顔を出した。ヨウちゃんが立っていたところをちゃんと見たけれど、やっぱり誰もいなかった。
ヨウちゃんを探してキョロキョロしていると、僕のお母さんが走ってきて、僕を抱き上げて、川の外までつれていった。
まわりを見ると、他の親たちも、子供を抱っこしたり、手を引いたりして、川から急いで離れていた。
テントについてから、僕はお母さんに「ヨウちゃんは? 先に出たんかなあ?」ときいたけど、この時も、それからずっと後も、教えてはくれなかった。
キャンプは中止になった。
警察の人が来て、親たちといろいろ話しをしていた。こっそり聞こうと思ったけど、お母さんが嫌がって、お父さんが「こっち来とき」と言って、離れたところでジュースを飲ませてくれたから、なにも分からないままだった。
でも、僕もちょっとだけ、あとで警察の人と話をした。
警察の人とこんなに近くでしゃべれるなんてラッキーと思って、すこし嬉しかった。
その後、捜索隊が組まれて、キャンプ場はしばらく立ち入り禁止となった。
ヨウちゃんは見つからなかった。
それは二十年経った現在も変わらない。
きっとあの時ヨウちゃんは、キャンプ場に出るオバケにつれていかれてしまったのだと、大人になった今でも、僕はそう思っている。
※この物語はフィクションです。
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