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『浮遊都市伝説 ―The Seven Pieces of Dawn(暁の七片)―』

作者: Hachiroll

プロローグ


これは「天空歴0001年」の物語である。


かつて、人類は地上の魔物災厄から逃れるため、天空に“理想郷”を築いた。

それが《空中王国セフィラ》──浮遊する巨大都市国家である。


だが、その理想郷の裏側で、多くの人々が“選別”され、空から地へと“剥がされ”ていった。

地上に堕とされた者たちは“剥がれ”と呼ばれ、魔物に怯え、空を見上げることすら許されなかった。


そして今──


地に堕ちた少年・ゴウラは、亡き父の遺志とともに、空を目指す旅へと踏み出す。

その手に握られた小さな飛行石の破片が、運命の扉をこじ開ける。


「こいつ……動くぞ!」


これは、空に選ばれなかった者たちによる、空を奪還する物語である。

秘宝と、仲間と、剣と──

今、新たなる“剣の伝承”が幕を開ける。


《北東の剣──その空、我らの手で》



【第一章:落日の空、剥がれの少年】


空は、赤かった。

それは夕焼けの色ではなく──血のように濁りきった、悲鳴の色。


遥か上空。

空中王国セフィラ」と呼ばれる巨大な空中都市が浮かんでいた。

人類が地上から逃げるようにして築いた最後の楽園。


だが、その空に住める者は限られていた。

資源の不足、人口の飽和、そして“選別”。


空の人々は、使えぬ者、価値なき者、異端とされた者を

“地上”へと落とした──


彼らはいつしかこう呼ばれるようになった。


“剥がれ”──空という恩恵を剥ぎ取られ、地に這う者たち。



砂嵐が吹き荒れる荒野の片隅、瓦礫の廃村に一人の少年がいた。


名は、ゴウラ。

かつて空中王国の下層民として生まれ、幼くして“地上”へと追放された者。


彼は剥がれの中でも特異だった。

ある日突然、地上に“落とされた”のではなく──


「……自分の意志で、飛び降りたんだ」


数年前のある晩。


空中王国の一角にある学術区画で暮らしていた彼は、父の死をきっかけに逃亡を図る。


父はかつて王国の歴史研究者であり、

「空中王国の誕生は、正義などではない」

「真実を知ってはいけない」

そう語りながら、王家に関する秘密文書の調査を続けていた。


──ある日、父は姿を消した。


残されたのは、血の染みた研究ノートと、小さな“飛行石のかけら”。


それを握り締めた少年は、王国の追手から逃れ、

塔の縁から夜の空へと身を投じたのだった。


「空の真実を暴くために──」


彼の意思は、あの時すでに決まっていた。



現在。


ゴウラは地上で“剥がれ”の仲間たちと共に生き延びていた。


“地上”といっても、その実情は過酷だった。


空から捨てられた兵器。

人類が制御を放棄した生体魔導種《魔物》。

資源も乏しく、飲み水ひとつ手に入れるのに命を賭けることもある。


だが、彼には他の剥がれにはない“何か”があった。


──異常なまでの第六感。


魔物がどこから来るか。

空の気配がどう動くか。

相手が剣を抜く瞬間すら“視えて”しまうことがある。


それは地上の過酷さの中で進化した“覚者”としての力だった。


そして──

その日は、突如として訪れる。


魔物群アーク・デモナ接近ッ!」


叫ぶ村の監視兵。地平の先に、黒くうごめく影。

数百の魔物が、渦のように地を這い寄ってきていた。


「避難を──間に合わねぇ!!」


その瞬間、空が光を裂いた。


地面に埋もれていた遺跡が震動し、その中心から何かが浮かび上がる。

──それは“動力核”を宿した飛行石の中核だった。


「……こいつ、動くぞ」


ゴウラが、父の形見である飛行石のかけらを掲げると、

飛行石が共鳴して光を放つ。


爆音と共に遺跡の中から、翼のような構造体が展開される。


古代空中艇レム・アエリス


「俺たちには……まだ、飛べる空がある!!」


仲間たちを乗せ、ゴウラは初めて空を翔けた。

それは逃走のためではなく、“目指すため”の空だった。


そして、古の記憶が呼び覚まされる。


──七つの秘宝を集めし者、空を拓かん。


“地上に落ちた者にも、天を拓く資格がある”


空中王国の封印された伝承。


ゴウラの旅は今、始まったばかりだった。



【第二章:空を翔ける者たち】


《レム・アエリス》が起動した夜。

空は幾重もの魔物の咆哮で満たされていた。

だが、その轟音の中で、一筋の銀光が滑るように飛び立った。


それが、ゴウラたちの乗る古代空中艇だった。


「浮いてる……! 本当に空を飛んでるんだ!」


歓喜の声をあげたのは、仲間の少女・リネア。

しなやかな動きと風の魔術を得意とする“風読み”の使い手である。


もう一人の少年・ライカは冷静に船体の振動を観測していた。

彼は廃墟で拾い集めた失われた魔導技術を独自に復元してきた才人。


「推進力は飛行石と秘宝の共振に依るものだな……

安定性は高いが、魔物群の上昇気流には要注意だ」


彼らは、ただの仲間ではない。

──空を目指す“剥がれ”の同志だった。



《レム・アエリス》が飛び立ったその瞬間、地上の空気は一変した。

それは「剥がれが空を奪い返す」という、

長い歴史の中で一度も成されなかった禁忌の突破。


魔物たちも反応した。


黒き翼を持つ《バルグ・ノワール》が、

彼らの飛行を阻むかのように上昇を始める。


「迎撃機構、起動!」


ライカが操作盤を叩くと、艇の側面から魔導式の砲が展開される。


ゴウラはその後部に立ち、飛行石から得られる魔力を全身に巡らせた。


「来いよ、化け物……こっちは、剥がれの誇りがかかってんだ!!」


雷鳴のような咆哮と共に、翼が交錯する。


──空中戦。


バルグ・ノワールは三対六翼を使い、死角から襲いかかってくる。

リネアは風を操り、仲間の身体の軌道を滑らせ、

ライカは拡散型の魔導榴弾で迎撃ルートを確保する。


だが、敵の数は多く、空は狭い。


「ゴウラ! 真上だ!」


リネアの叫びと同時に、ゴウラは反射的に跳び上がる。


飛行石が煌めき、空中で弧を描いた剣が、敵の中心を真っ二つに裂く──!


「……地に堕ちたからって、俺たちに空を諦めろってのかよ」


彼の叫びは風に溶け、空に響いた。



撃退後、彼らは古代記録に記された場所ヴェス・アークへと進路を向ける。

そこには、「七つの秘宝の一つ」が眠るという言い伝えが残っていた。


だが、その道は決して平坦ではない。


空中王国もまた、“剥がれの反逆”を察知していた。


《空中王家直属親衛剣士団》

──その一人、影の騎士クロイド・グランは静かに目を開ける。


「……落としたはずの者どもが、空を目指すか」


空と地が再び交差する、その兆しを感じていた。



「お前たちの力が、もし本当に空を変えられるのなら──その時は、俺も……」


ライカが呟く。


「やるしかねぇよな」ゴウラは言った。


「風の向くままに、ね」リネアは微笑んだ。


空を翔ける彼らの旅は、いよいよ“第一の秘宝”を目指す戦いへと突入していく──



【第三章:崖下の門、地の試練】



《ヴェス・アーク》──それは空中王国が記録から抹消した旧時代の遺跡である。

地殻変動によって崩落した大地の裂け目にひっそりと佇むその姿は、

まるで地上に置き去りにされた過去そのものだった。


古文書によれば、そこには“七つの秘宝”の一つが眠っている。

地の力を象徴する秘宝【重石のグラヴィト】。


《レム・アエリス》を隠すように着陸させた一行は、地割れを越え、崖の縁に立っていた。


「……これが、ヴェス・アーク」


ゴウラが呟く。


「門が……開いてる?」リネアが目を細める。


巨岩の裂け目に、うっすらと開いた円形の門。まるで人を招くかのような静けさだった。


「内部の魔力反応は微弱だが、異常な圧を感じる。重力異常か?」

ライカが記録装置を覗き込む。


ゴウラが飛行石を掲げると、門の模様が微かに輝き出した。


「秘宝が呼んでる……入ろう」


門の中は、重圧の世界だった。

足取り一つすら重く感じる濃密な空気。

地面に設置された無数の石碑が、訪問者の“意志”を試すかのように存在していた。


突如、石壁が崩れ、黒き鎧に身を包んだ守護者ヴォル・ゼムが姿を現す。


「秘宝に挑む資格は、“揺るがぬ信念”を持つ者のみ──」


声なき声が響き、空間が歪む。


重力が増す中での戦い。


ゴウラの剣は遅く、跳ねることも叶わない。

それでも彼は進んだ。

飛行石が鈍く脈動し、地の秘宝が呼応する。


リネアは風で圧を削ぎ、ライカは重力波の計算により障壁を作る。

仲間の連携が、ゴウラの一撃に力を宿した。


「俺たちの信念が揺らがないってこと、見せてやるよ!!」


重圧を裂き、剣がヴォル・ゼムの胸を貫く。


守護者は微かに頷き、その身体を塵に還すと、遺跡の最奥へと続く通路を開いた。


そこにあったのは、地の鼓動と同化する巨大な核。


──第一の秘宝【重石のグラヴィト


それは、重力を司り、空と地の均衡を計る力を持つ“基盤の力”だった。


手にした瞬間、ゴウラの背後で崖が崩れ、光の文字が浮かび上がる。


「“次なるは、水の地。眠るは揺蕩たゆたう記憶”」


それが、次なる秘宝への導線だった。


そして数日後。


ライカが《グラヴィト》の力を解析した結果、

それがただの“重力操作”の装置ではないことが判明する。


「これは……空と地の“間”を安定化させる装置だ。

秘宝そのものが、浮遊都市の核技術と関係してる」


「つまり、これがあれば……空と地をつなぐ“橋”を作れるのか?」

リネアが驚く。


ゴウラは静かに頷いた。


「俺たちは、ただ空に行くために戦ってるんじゃない。

空と地が繋がって、誰も落とされなくなる世界を作るために……その鍵が、これなんだ」


秘宝【グラヴィト】は、旅の目的を象徴する力となった。



◆風読みの少女──リネア視点◆



夜。

ヴェス・アークの近くに仮設された野営地。


焚き火がぱちぱちと音を立て、虫の鳴く声が空へ消えていく。

リネアはその火の前に座り、静かにグラヴィトの核を見つめていた。


──重い。


それは物理的なものではなく、感情的な重さだった。

この秘宝が、どれほど多くの記憶と犠牲を背負ってきたのか。


「空と地をつなぐ“橋”になる……か」


彼女の脳裏に、かつて空中王国で暮らしていた頃の記憶が過る。


排他的な空の社会。

風を読む力を持ったがゆえに、異端とされ落とされた日。


泣いた夜。

飢えた朝。

それでも、風の流れだけは嘘をつかなかった。


そして──


「風が……この旅に導いてくれたのかもしれないね」


彼女はそっと微笑む。


ゴウラの背中は、昔見たどんな空の騎士よりもまっすぐだった。

ライカの目は、かつての王国の学士たちよりずっと確かだった。


「私にも、できることがある」


そう思えるようになったのは、この旅に出てからだった。


彼女はそっと、グラヴィトに触れる。


その瞬間、微かな重力の脈動が掌を震わせた。


──地の力は、まだ眠っている。


そして、この秘宝の本当の力が必要になる日が、そう遠くないことを、

彼女の風は教えていた。


「皆で、行こう。空の果てまで」


火が、ぱち、と鳴った。


そして、夜が明ける──



【第四章:揺蕩う記憶、水の試練】


広がるは、水鏡のように静かな湖──その中心に浮かぶ、霧に包まれた廃神殿。

古の文献に記された名は《イリス・ラグナ》。


それは“揺蕩う記憶”を宿す地、第二の秘宝が眠るとされる場所だった。


「ここが、水の試練……」

ゴウラが静かに呟く。

グラヴィトが鈍く反応し、湖の波紋が何層にも広がっていく。


ライカが湖面にセンサーを向け、苦い顔をした。

「……この水、動いてる。生きてるぞ」


「風も……止まってる。まるで、呼吸を拒む空間だわ」

リネアの瞳が細められる。


三人は小舟に乗り、湖の中心へと向かった。

漕ぐほどに空気は冷え、時間の流れすら忘れるような感覚に襲われる。


やがて、神殿の前に辿り着くと、湖面に大きな渦が生まれた。


──水面に現れる、記憶の残滓。


「これは……俺の、記憶?」


湖面には幼いゴウラと、まだ生きていた父の姿が映し出されていた。


「試練とは、“揺蕩う記憶”……」

ライカが呟く。


神殿に足を踏み入れた瞬間、彼らはそれぞれの“記憶”の世界に囚われる。


◆ リネアの視界には、空中王国の広場が映る。

幼い頃、風を読み過ぎて排除された日。


「異端者め!」


人々の罵声が浴びせられる。


だが、彼女は微笑む。

「今の私は、もう──風に呑まれはしない」


彼女の足元から突風が巻き起こり、幻影を吹き飛ばす。


◆ ライカの前には、研究所。

兄のように慕っていた師が倒れている。

「この技術は……触れてはいけないんだ……」


だがライカは顔を上げる。

「ならば俺が、それを制御してみせる」


雷のような魔力が走り、記憶の空間を焼き尽くす。


◆ ゴウラの前に現れたのは父。

穏やかな目をして、手を差し伸べる。


「恐れるな。真実に触れろ。お前は、空に行ける」


目を開けると、

そこには本物の《水の秘宝──晶水のアクア・レグナ》が輝いていた。


三人は神殿の中心で再会し、

それぞれの記憶の試練を乗り越えたことを確認する。


その瞬間、湖が静まり返り、霧が晴れ渡った。


光が差し込む湖の中央に、次なるヒントが浮かび上がる。


「“風の誓いを継ぎし者、昇りて空の峡へ至れ”」


その言葉を胸に、三人は再び空を目指し、次なるエアル・ディアへと向かう。


◆幕間:父の声──ゴウラ視点◆


深夜、野営地の外れ。

ゴウラは焚き火の残り火の前に腰を下ろしていた。


アクア・レグナ──水の秘宝は、今も彼の傍らで淡く脈動している。


その光を見ていると、不思議と心が静まり返るのだった。


「……父さん」


思わず、声が漏れた。


あの神殿で見た幻影──父の微笑。

それは幻だったのか、それとも……


──ゴウラ、お前は空に行ける。


あの言葉の余韻が、今も胸の奥でこだましている。


父は学者だった。

空中王国の真実を探ろうとして、命を奪われた。


だが、その死の直前まで彼は息子に言い聞かせていた。


「お前は“過去”に囚われるな。過去は記録し、継ぐためにある。

だが、お前の“未来”は……お前自身で切り開くものだ」


その言葉の重みが、今になって実感を伴って届いてくる。


飛行石。

禁断の記録帳。

そして、七つの秘宝──


父が遺した“鍵”は、今のゴウラを形作っている。


「空に行く……それだけじゃない」


ゴウラは拳を握る。


「空と地のどちらでもない“場所”を作る。誰もが落とされない世界を」


焚き火がぱち、と音を立てて弾けた。


それは、決意の音だった。



【第五章:風の誓い、天翔ける者たち】



目指すは《エアル・ディア》──風の峡谷と呼ばれる、

断崖と空気の渦が交錯する浮遊地帯。

そこに、第三の秘宝が眠っているという。


一行は浮遊艇レム・アエリスを駆って、峡谷の入口へと到着していた。


「ここが“風の誓い”の地か……」

ゴウラが呟く。


空を裂くように吹き荒れる突風。

見上げれば、天空に浮かぶ無数の石柱。

その間を駆ける雷雲。


「風の精霊たちが……怒ってる?」

リネアの肩に風がまとわりつく。


「ここでは“心”が風を呼ぶ」と、彼女は言う。


突如、レム・アエリスが激しく揺れる。


「……何かが来る!」


空気を裂いて現れたのは、巨大な鳥型の魔物ラガール・ヴェント


その翼は風を裂き、雷を呼び、空間を歪ませる。


「風の試練って、これかよ……!」



リネアが風の結界を張る中、

ライカは風向と気圧の変化を読み取り、迎撃の座標を導き出す。


「雷が走る瞬間……そこに一瞬、風の道が開く」


ゴウラが剣を抜き、アクア・レグナを刀身に通す。


「風と水の融合……やってみるか!」


その一撃が、空に弧を描く。


しかし、ラガールは傷を負いながらも再び旋回。

風の力だけでは届かない。


「“誓い”とは何だ──風に試されてる……?」


リネアが目を閉じる。


かつて、自分を拒んだ風。

だが今、旅を共にする仲間と共にある風は──


「私の風は、もう誰にも奪わせない!」


その叫びと共に、風が逆巻く。

彼女の身体が風と同化し、空を翔けるように舞う。


リネアの攻撃がラガールの片翼を切り裂く。


ゴウラとライカが呼応し、アクアの力で竜巻の核を貫いた。


ラガールが風の中で叫び、やがて風そのものに還っていく。


静寂。


天空の石柱が一つ、中心へと収束し始めた。


そこに現れたのは、第三の秘宝──

風翔晶セイリュア


それは、空を割り、風の道を拓く力を秘めた風の結晶。


「これで三つ……」

ゴウラは風を受けながら囁いた。


すると、空に再び文字が浮かび上がる。


“地の底に潜みし響き、雷鳴とともに目覚めよ”


次なる導線──雷の試練が、彼らを待っていた。



◆風の残響──ラガール・ヴェントの記憶◆



風に還ったラガール・ヴェントの意識が、

かすかな残響として天空の記憶層を彷徨っていた。


──我は、風と契りしもの。


遥か昔、まだ空中王国が築かれるより前。

彼は《風の一族》の守護獣として、風の秘宝と誓約を交わした存在だった。


それは、“空の裂け目を守る”という使命。

だが空中王国の隆盛とともに、誓いは風化し、忘れ去られた。


やがて、その身体は風の試練場エアル・ディアに封じられ、

力を“風の試練”として転化される。


だが、心の奥底に残っていたのは──

かつて空の彼方で誓った、真の“誓い”だった。


──もし再び、風に愛されし者が現れるなら……


それが、リネアだった。


風に拒まれた少女が、再び風を纏い、共に空を翔けたその瞬間。

彼は理解したのだ。


「風とは、“自由”そのもの。誰のものでもない」


ラガールの風は、彼女たちに託された。

そして静かに風の精霊へと還る

──それが、誇り高き風の獣の“最後の選択”だった。



【第六章:雷鳴の裁き、響くは遠雷】


第三の秘宝セイリュアを手に入れた一行が目指すのは、雷のドロス・ラグナ

かつて空中王国の放棄した研究施設群が連なる、地殻帯の縫合点である。


谷は常に黒雲に覆われ、雷光が地を裂く。

生き物の気配はなく、ただ静電気と風圧だけが支配していた。


「ここが……雷の地か」

ゴウラは、剣の柄に自然と力を込めていた。


セイリュアが帯電するように振動し、まるで“敵意”を警告するかのように鳴る。


「電磁波障害、通常の通信は封じられる。ここは……外から完全に遮断されてる」

ライカが分析を報告する。


「風が……ざわついてる。誰かが、呼んでる」

リネアの声は、霧と雷鳴にかき消されるようだった。


奥へ進んだ先、彼らは《雷殿らいでん》と呼ばれる巨塔に辿り着く。

そこに待ち受けていたのは、巨大な雷の守護者──


《ゼルヴァ=イクス》


それはかつて、空中王国の“雷の軍”を支配していた、機械と霊力の融合体。

放棄された施設と共にこの地に封印され、今なお自己修復を繰り返していた。


「接続信号確認。空中王家記録──不正アクセス者、排除」


ゴウラたちに向けて放たれる雷槍。

地が焦げ、塔が震える。


だが、ゴウラは飛び込んだ。


「雷に焼かれても、俺たちは前に進む!」


リネアが風を操り雷撃を反らし、ライカが磁場を読み取り斥力場を展開。


「秘宝の力──見せてやるよ!」


雷と風、水の力が合わさり、《ゼルヴァ=イクス》の装甲を一部破壊。


そこに秘められていたのは、秘宝の核。

《雷殻珠《アル=ラギア》》


戦闘と同時に、古代記録の映像が塔の内部に投影される。


──空中王国のかつての戦争。

雷兵団を用いた地上制圧作戦。


そして、反旗を翻した者たちの記録。


「この記録……まさか、父が追っていた……」


ゴウラの胸に、雷のように走る想い。


秘宝を手にしたその瞬間、

塔の最上部より放たれた光が地図となり、

次なる秘宝のカルン・ディープ──地底の聖域を示す。


「目覚めよ、光なき地に眠る、古の核──」



◆雷殿の記録──忘れられし禁忌の研究◆



雷殿が沈黙し、塔の奥深くに残された投影装置が再起動した。

周囲の空間に、数百年前の記録映像が浮かび上がる。


──記録開始《帝歴572年、空中王国・雷殿開発局》


映像には、白衣を着た学識者たちが写る。

その中心には、若き日のゴウラの父・エリオン・クラフトの姿もあった。


「雷の力は未解明領域にある。

しかし、それは空の民の“鎮圧”と“統制”のための最後の鍵になるだろう」


冷たく語るのは当時の空中王国評議長、ギルバン=ヴォルシュ。


「反抗的な“地上者”への抑止力として、雷殿は完成せねばならぬ」


エリオンが反論する。


「これは兵器ではない。力は制御と共存のためにあるべきだ」


──映像が乱れ、続いて映ったのは雷殿内の暴走事故。稲妻の奔流が職員を呑み込む。


──記録中断《情報機密指定:Sランク。アクセスログ記録済》


リネアが拳を握る。

「彼らは、力に溺れた……」


ライカが低く呟く。

「この映像……父の研究が巻き込まれた理由が、これか」


そして、ゴウラがただ一言、呟く。

「父は、これを止めようとしていた」


残された映像は、彼らが進む“理由”を確かなものにした。


空と地を分かつもの──その正体が、いま暴かれようとしている。



◆静かなる影──空中王家と親衛剣士団◆



空中王国・王城ゼクス・クレアの天守にて──


空中王ギルド・エルゼラは、雷殿から届いた断片的な報告書に目を通していた。


「また……“あの名”が現れたか」


その視線の奥には、怒りでも不安でもない、ただ深い焦燥があった。


「ゴウラ・クラフト。お前が生きていたとは……」


傍らに控えるのは、親衛剣士団筆頭ラカン・ヴォルシュ

ギルドの義弟であり、王家の右腕でもある。


「ご命令を。雷殿の封鎖はすでに完了。地上への航路は切断済み」


ギルドは静かに首を振る。


「否。もはや“遮断”では足りぬ。“粛清”せねばならぬ」


「ゴウラが、父と同じ過ちを繰り返す前に──」


王家の机上には、封印された《空中王国機密録》が置かれている。

そこには、地上への秘宝分配計画《PROJECT:七星》の初期草案も含まれていた。


ラカンは剣に手をかけ、低く問うた。

「我らが王よ。ついに“影の命令”を発する時か?」


ギルドは微笑を浮かべ、頷いた。


「親衛剣士団全隊へ。『黒翼召集』──発令せよ」


風が、王城の高窓を叩いた。

地上と空を繋ぐ戦火の火種が、今、燃え始める。


【八章:空と空虚──ヴァルト・クレストの試練】



《ヴァルト・クレスト》──空と地の狭間に浮かぶ、天空の断崖。

そこは風もなく、重力も希薄で、音さえも吸い込まれる“虚無の地”だった。


「ここ……何も感じない」

リネアが目を伏せる。


「風が……死んでる?」


ゴウラは、彼女の手をそっと取った。

「違う。ここには、“まだ言葉にできない風”がある。きっと、俺たちの中に」


ヴァルト・クレストに立ち込めるのは、自己という名の“虚空”だった。


目の前に現れたのは、誰でもない《自分自身》の幻。

それぞれの“不安”“疑念”“後悔”を象る影──


ゴウラの前に現れたのは、かつての自分。

空中王国で父を救えなかった少年の姿。


「お前は誰も救えない。逃げただけだ」


リネアの前には、故郷を焼かれた日、家族を救えなかった少女。


「風読みなど、誰の役にも立たない。誰もお前を必要としてない」


沈黙。


──だが、沈黙の中から響いたのは、互いの声だった。


「俺は逃げた。でも、今は違う。誰かのために剣を振るってる」


「私は、ひとりじゃない。風も、仲間も、ここにいる」


互いの存在が、虚無を照らす光となる。


影が崩れ、空に弧を描く。

その先に現れたのは、

《第五の秘宝──リュクス・セレスティア》。


それは、空を貫く祈りの結晶。


──秘宝が光り、遠く空中王国方面より異変の波動が走る。


「急ごう。もう、時間がない」


ゴウラとリネアは手を取り合い、空を見上げた。


次なる地、《暁の高殿》へ。

そこに“最後の秘宝”が待つ──


そして、“空中王家との決戦”が始まろうとしていた。


【第九章:暁の高殿、終焉の灯火】



《暁の高殿》──空中王国の最深域にして、

かつて学識者たちが“世界の均衡”を託した場所。


その中央には七つの秘宝を祀る《暁の祭壇》が存在し、

最後の秘宝《レイ=オルビス》が眠るという。


だが、到達したゴウラたちを待ち受けていたのは、親衛剣士団の待ち伏せだった。


「ここより先は、空中王の領域だ」


ラカン・ヴォルシュが剣を抜く。漆黒の鎧を纏い、己が忠義をただ一人に捧げる男。


「秘宝の力を民に還す。それが“父”の願いだった!」


「ならば、それは国家への反逆だ。答えは、剣で示せ」


激突する二人の刃。

雷、水、風、地、空──秘宝の力が激しく交錯する。


だがその戦いの中、ゴウラの剣に宿った記憶が、ラカンの中に揺らぎを与える。


「……貴様の剣、迷いがないな」

「俺には守るものがある。迷う時間は、とっくに過ぎた」


戦いの末、ラカンの剣が地に落ちる。

「……行け。王を止められるのは、お前しかいない」


ゴウラたちは祭壇へと駆け上がる。


そこには、空中王ギルド・エルゼラが待っていた。


「父の罪を、息子が繰り返すとは。滑稽だな」


「お前は父のすべてを否定した。でも俺は、その遺志を肯定する!」


最後の秘宝《レイ=オルビス》が共鳴し、空の光を大地に注ぐ。


決戦の幕が、いま開かれた──




◆王の背中──ギルド・エルゼラの記憶◆




王座の間、かつて父王が座っていた椅子に、

幼きギルドは背を伸ばして座っていた。


「この王国を……誰が守るんだろうね」


その問いに、父王はただ一言、答えた。

「誰でもない。王が“なろう”とした者が、王になる」


空中王国を築いた先代王は、知識と武力で人々を導こうとした。

だが、空への移住は富と特権を選ばれた者にもたらし、

地上を犠牲にして成立した王国の構造に、ギルドはいつしか疑問を抱くようになる。


「地上を切り捨てなければ、空は保てない」


その結論は、彼に“統治者”としての冷酷さを植え付けた。


そして、地上の調和を語り“共存”を掲げた十賢者のうちの一人──

エリオン・クラフトが真実を暴こうとしたとき、

ギルドはその存在を"排除"する。


「正義は、多数の犠牲の上に築かれる」


今なおギルドは、その言葉を自身の信条として貫いている。


ただ、時折、彼の夢の中に現れる──


「お前は、誰のために王になったのだ」


あのときの父の声が、耳の奥で木霊していた。




【最終章:空を裂く剣、命を繋ぐ光】



空中王国・中心核セレスティア・コア

七つの秘宝が輝く暁の祭壇が、虚空に神域のような光を放っていた。


地上と空、その狭間に渦巻くエネルギーが、

今まさに終焉と再生の境界を越えようとしている。


「ここが、王の玉座……ならば、終わりも始まりも、この場所だ」


ゴウラが進む先、空中王ギルド・エルゼラが立つ。

彼の眼差しには、もはや王の威厳ではなく、

血に染まった歴史を見つめる悔恨の色があった。


「なぜ、ここまで来てしまった……お前も、私と同じだったはずだ」


「違う。俺は、“犠牲にしない道”を選んできた」


七つの秘宝を帯びたゴウラの剣──《ノース・ブレイザー》が白銀の輝きを纏う。

対してギルドもまた、王剣《イグナ=ノヴァ》を抜いた。


「空の秩序と未来、どちらを切り裂くか……それを決めるのは、この一刃だ」


──激突。


雷鳴が怒号のように轟き、風が王宮の外郭を切り裂く。

秘宝の力が交錯し、刃と刃の一閃が、王国の罪と希望を抉る。


「ゴウラ──行けっ!!」

リネアの叫びが、すべてを貫いた。


仲間たちの声、託された想い。

過去の亡霊たちの慟哭さえも、その一閃に宿る。


──閃光。


《空を裂く剣》が《イグナ=ノヴァ》を砕き、

王座の光柱が轟音とともに崩れ落ちる。


ギルドは、静かにその場に膝をついた。

「……空も、地も、すべては最初から、ひとつだったのか」


その言葉とともに、空の境界が揺らぎ始める。

裂けた空に差し込む光が、地上を包んでいく。


ゴウラは剣を掲げ、叫んだ。

「俺たちで創るんだ! 空と地上、どちらでもない“新しい世界”を──!」


終わりではない。


空を裂いたその剣は、新たなる大地の礎となった。

その光は希望。誓い。未来への扉。




◆後日譚:再生の空、芽吹く大地◆



空中王国セレスティア・コアの崩壊から数ヶ月──


大気は澄み渡り、空と地の境界線は霧のように消えていた。


浮遊石によって維持されていた旧王都の断片は静かに地上へ降り立ち、

新たな文明の胎動として芽吹いていた。


「お前たち、今日は南翼の修復作業だ!」

「あの浮遊岩、使えるか見てきて!」


剥がれと王国民。

かつて分断された二つの種が、今は同じ泥に足をつけて働いている。


ゴウラはその中心に立ち、かつての戦士たちとともに汗を流していた。


「剣じゃなくても、人は未来を切り拓けるって……父さん、教えてくれたんだ」


リネアは風読みの術を使い、新たな気流のルートを探っていた。

「この風……やっと、“ひとつの世界”が始まったって言ってる」


そんな彼らの傍らには、かつての秘宝の力が形を変えて存在していた。


水は新たな農耕地を潤し、地は建築資源となり、雷はエネルギー網へと。

空の光は、夜でも灯る街を支えている。


そして“最後の秘宝”《レイ=オルビス》は、中心広場に埋め込まれ、

今や再生都市ノーザ・エラの心臓として輝いていた。


かつて「空を裂いた剣」は、今や「空を結ぶ架け橋」となった。



【エピローグ:未来への風】



夜明け前、ゴウラは丘の上に立っていた。

まだ太陽の光が届かぬ薄闇の中、ひとり剣を地に突き立て、静かに目を閉じる。


「父さん……俺、やったよ」


静寂の風が吹き抜けたその瞬間、リネアの声が後ろから届いた。

「寝坊しちゃうよ。今日、風のルート試験なんでしょ?」


「……ああ、行こう」


丘の上から見下ろした《ノーザ・エラ》には、

灯火のように人々の生活の明かりが瞬いていた。

その光は、新たな文明の夜明け──希望の星そのものだった。


かつて“空”を信じ、そして“地上”に戻った者たち。


彼らの物語は、まだ続く。


風のように、絶え間なく。


──Fin.



【あとがき】


ここまで『浮遊都市伝説 ―The Seven Pieces of Dawn(暁の七片)―』を読んでくださり、

本当にありがとうございました。


この物語は、少年が“剣”ではなく“想い”で世界を変える旅を描いたものです。

空と地上、分断と再生。

そんなテーマを通して、

「繋がり」と「許し」の力を物語に込めました。


今回、

こうして最終話まで綴ることができたのは、

読んでくださるあなたがいたからこそです。


もし、

物語の世界観やキャラクターに心を動かされた方がいたなら──

この物語は、まだ終わっていないと思っています。


ご好評をいただけるようであれば、本作を起点に、

登場人物たちの“その後”や、

“かつての十賢者たち”の物語など、

長編として連載形式で続けていきたいと考えています。


この世界をもっと深く、

もっと遠くまで描いていけたら幸いです。


またどこかで、風のように再び出会えますように。


──作者より

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