no.9 究極の刃
2030年3月22日、相模原研究施設
午前6時。施設の作業場は、
徹夜で働く佐藤悠斗とハンス・シュミットの熱気で溢れていた。
床にはスレイヤーMk-IIの残骸が散らばり、
新たな設計図と部品が山積みになっている。悠斗が汗を拭いながら、
巨大な装置を指差した。
「博士、これが完成形だ! 『インセクト・スレイヤー タイプA アルティメット』――略してIS-A Ultimate!」
宮本沙織が作業場に足を踏み入れると、そこにはこれまでのスレイヤーとは
一線を画す機械が立っていた。全高2メートル、流線型の装甲に覆われ、
複数の放出口とアンテナが配置されている。悠斗が興奮気味に説明を始めた。
「音波と電磁パルスを三倍に強化しただけじゃない。冷却システムを
液冷式に変えて連続使用を可能にしたし、
AI制御で信号の変動にリアルタイムで対応できる。ハンスのアイデアで、
対昆虫用の貫通弾も搭載したぜ!」
ハンスが無骨な笑みを浮かべ、補足した。
「これなら、リーダー個体が複数いても対応できる。
だが、実戦で試さないと分からんな」
沙織は装置を一瞥し、顕微鏡データのタブレットを手に持ったまま頷いた。
「バッタの信号がさらに複雑化してるから、AI制御は必須だよ。
ジェシカの解析結果と合わせて調整してね」
そこへジェシカ・ハーパーが駆け込んできて、息を切らしながら報告した。
「宮本! インドのバッタがパキスタン国境に到達したわ。
群れの規模は前回の倍以上よ!」
沙織の目が鋭くなり、即座に指示を出した。
「準備を急いで。IS-A Ultimateを現地に持ち込むよ。今回は負けられない」
---
同日午後2時、パキスタン・パンジャーブ州上空
IDCAのヘリ部隊が、パキスタンの平原に到着した。眼下には、
巨大バッタの群れが地平線を埋め尽くし、砂塵を巻き上げて進んでいる。
沙織と悠斗がヘリの窓から見下ろす中、
悠斗がIS-A Ultimateのコントローラーを握り締めた。
「博士、今度こそ勝つぜ。見ていてくれ!」
ヘリが高度を下げ、地上に設置されたIS-A Ultimateが起動した。
装置から発せられた音波が空気を震わせ、
電磁パルスが目に見えない波となって群れに広がる。効果は即座に現れた。
バッタの跳躍が止まり、地面に落ちて混乱し始めた。
「効いてるわ! 信号が遮断されてる!」
ジェシカが解析機材のモニターを確認し、歓声を上げた。だが、その瞬間、
群れの奥から2匹のリーダー個体が姿を現した。体長5メートルの巨体が、
金属光沢の翅を震わせて跳躍してきた。
「複数いる! 悠斗、貫通弾を!」
沙織の指示に、悠斗がAIモードを切り替え、装置の砲口が動き出した。
鋭い音と共に、対昆虫用の貫通弾が発射され、リーダー個体の一匹に直撃。
甲殻が砕け、砂塵に倒れた。もう一匹が咆哮を上げ、ヘリに迫るが、
IS-A Ultimateの電磁パルスが触角信号を完全に遮断。動きが止まった隙に、
2発目の貫通弾が命中し、2匹目も倒れた。
群れが統率を失い、四散し始めた。平原に静寂が戻り、
IDCAチームから歓声が上がった。
「やったぜ! これならしばらく対抗できる!」
悠斗が拳を突き上げ、沙織も小さく微笑んだ。
「よくやったよ、佐藤君。でも、これで終わりじゃない」
---
同日夜、相模原研究施設
勝利を収めたチームは施設に戻り、IS-A Ultimateの戦闘データを分析していた。
沙織とジェシカがモニターを見つめると、
バッタの信号が一時的に途絶えた波形が映し出されている。
「微生物の活動が弱まったみたいね。でも、完全に止まったわけじゃないわ」
ジェシカの言葉に、沙織が頷いた。
「IS-A Ultimateのおかげで時間を稼げたけど、
根本的な解決には信号源を叩くしかないよ。次はその準備だ」
作業場では、悠斗とハンスがIS-A Ultimateのメンテナンスを行っていた。
悠斗が笑顔で言った。
「博士、この調子なら量産も夢じゃないぜ。世界中に配備できれば…」
ハンスが冷静に遮った。
「油断するな。敵も進化する。次はもっと手強いのが来るぞ」
---
エピローグ
夜、沙織は研究室の窓辺でコーヒーを手に、空を見上げていた。
そこへ悠斗が近づき、並んで立った。
「博士、初めて勝った気分だよ。少しは希望が見えたかな?」
沙織は星空を見つめ、静かに答えた。
「少しね。でも、本当の戦いはこれからだよ。
信号源が動き出す前に、私たちが先手を打つんだ」
遠くの空に、微かな振動音が響き始めた。それは、
勝利の余韻を嘲笑うかのような音だった。