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no.2 血の目覚め


2030年3月14日、北海道・札幌近郊


朝焼けが雪原を赤く染める中、静寂が支配していた。

札幌から30キロほど離れた小さな農村、豊平地区。

人口わずか数百人のこの集落は、冬の終わりを迎え、春の訪れを待っていた。

だが、その朝、静けさを破る異音が響き始めた。

「ブーン…ブーン…」

低く、重い羽音が空気を震わせる。農家の老夫婦、

佐々木夫妻が家の窓から外を覗いたとき、

彼らの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

体長1.5メートルほどの巨大な蚊が、雪の上にたたずんでいたのだ。

針のように鋭い口吻が朝日に鈍く光り、複眼が不気味に輝いている。


「何だ、あれは…?」

夫の佐々木茂が呟いた瞬間、蚊が動き出した。翅を高速で震わせ、

一瞬にして飛び上がり、近くの牛舎へと突進した。

次の瞬間、牛の悲鳴が響き渡る。巨大蚊の口吻が牛の首に突き刺さり、

みるみるうちに血が吸い取られていく。牛の体が痙攣し、やがて力なく倒れた。

だが、それで終わりではなかった。蚊の腹部が膨張し、赤黒く変色していく。

そして、吸血を終えた蚊が再び飛び立ったとき、その体はさらに大きくなっていた。


「逃げなきゃ…!」

妻の美津子が叫んだが、時すでに遅し。巨大蚊が佐々木夫妻の家に突っ込み、

木造の壁を突き破った。悲鳴が響き、そして静寂が戻った。集落に残されたのは、

血の跡と、巨大蚊が飛び去った後に残る不気味な羽音だけだった。


---


同日、東京大学・昆虫学研究室

宮本沙織は徹夜でデータを分析していた。机の上には、新宿のゴキブリの映像と、

北海道から届いたばかりの報告書が散乱している。

彼女の目の下には濃いクマができていたが、その瞳は燃えるように鋭かった。

「ゴキブリだけじゃない…蚊も巨大化してる。しかも、吸血後に成長するなんて…」

沙織は顕微鏡に目を当て、北海道で採取された蚊の羽の破片を観察していた。

細胞レベルで異常な分裂が確認される。これは自然界ではありえない現象だ。

彼女の頭の中では、仮説が形を成しつつあった。遺伝子変異か、

外部要因による突然変異か。どちらにせよ、時間が無いことは確かだった。


そこへ、助手の大塚健太が再び飛び込んできた。

「先生! 北海道の豊平地区が全滅したって連絡が…蚊が原因みたいです!」

沙織は一瞬息を止め、報告書を手に取った。そこには、

巨大蚊による被害の詳細が記されていた。死者50名以上、行方不明者多数。

そして、目撃者の証言――「血を吸うたびに大きくなってる」

「これじゃ、ただの災害じゃない。生態系の崩壊だよ…」

大塚の声が震えていた。沙織は彼を一瞥し、静かに言った。

「準備して。現地に行くよ」


---


同日夕方、札幌・現地調査

沙織と大塚は、自衛隊のヘリで豊平地区に到着した。空から見下ろす集落は、

まるで戦争の跡地のようだった。家屋は崩れ、血の跡が雪に染み込み、

静寂が不気味に広がっている。ヘリが着陸すると、自衛隊員が二人を迎えた。

「宮本博士ですか? 状況は最悪です。蚊はすでにこのエリアを離れたようですが、

痕跡が…」

隊員が指差した先には、巨大な足跡と、血で赤く染まった雪があった。

沙織は防護服を着込み、採取キットを手に現場に近づいた。

「血の量が異常だ。普通の蚊ならこんな吸血量はありえない…」

彼女は蚊の口吻が残した穴を調べ、試料を採取した。

その瞬間、遠くから再びあの羽音が聞こえてきた。

「ブーン…ブーン…」

全員が一斉に空を見上げた。夕陽を背に、巨大蚊が姿を現した。だが、

今度は1匹ではない。3匹、いや5匹以上。群れを成してこちらへ向かってくる。

「退避しろ!」

自衛隊員が叫び、銃を構えた。だが、沙織は動かなかった。

彼女は蚊の動きを観察し続けていた。吸血後の成長、群れでの行動。

これは単なる昆虫じゃない。何か大きな力が働いている。


銃声が響き、蚊の1匹が撃ち落とされた。だが、残りの蚊は速度を上げ、

隊員たちに襲いかかった。1人の隊員が口吻で貫かれ、血を吸われながら絶命する。

沙織は大塚に叫んだ。

「ヘリに戻れ! サンプルを守るんだ!」

混乱の中、沙織は倒れた蚊の死骸に近づき、素早く翅と口吻を切り取った。

そして、迫り来る蚊の群れを背に、ヘリへと走った。


---


エピローグ

ヘリが離陸し、豊平地区が遠ざかる中、沙織は採取したサンプルを見つめていた。

隣で震える大塚が呟く。

「先生…これ、どうなるんですか?」

沙織は答えなかった。ただ、彼女の頭の中では、決意が固まりつつあった。

「対策を立てる。必ず」

窓の外では、夕陽が血のように赤く染まり、巨大蚊の羽音が遠くで響き続けていた。

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