no.10 暗闇の脈動
2030年3月23日、相模原研究施設
午前9時。施設の研究室は、昨日の勝利の興奮が残る中、
静かな緊張感に包まれていた。宮本沙織は顕微鏡の前に座り、
インドから持ち帰ったバッタの翅サンプルを観察していた。
隣ではジェシカ・ハーパーが、
IS-A Ultimateの戦闘データを解析している。
「微生物の活動が一時的に低下したけど…まだ脈動してるわね」
ジェシカがモニターの波形を指差すと、沙織が顕微鏡から
目を離し、頷いた。
「IS-A Ultimateの電磁パルスで信号が乱れた影響だよ。でも、
これが回復したら、また群れが動き出す。時間はそう多くない」
彼女の声には、勝利の喜びよりも、
次の戦いへの焦りが滲んでいた。
作業場では、佐藤悠斗とハンス・シュミットがIS-A Ultimateの
点検を行っていた。悠斗が装置の冷却システムを
チェックしながら、明るい声で言った。
「博士、次もこれがあれば勝てるぜ! 量産の準備も始めようか?」
ハンスが工具を手に、冷静に返した。
「楽観的すぎるな、佐藤。
敵が同じままとは限らない。次の改良案を考えとけ」
悠斗は笑いつつも、ハンスの言葉に頷き、
新たな設計アイデアをメモし始めた。
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同日午後1時、緊急通信
研究室に、エリック・ラーソンからの緊急通信が入った。
沙織とチームが通信室に集まると、スクリーンにラーソンの
厳しい顔が映し出された。
「宮本博士、悪い知らせです。南米ブラジルで新たな
巨大昆虫が確認されました。クモです。体長2メートルを超え、
群れで行動している。現地の軍が壊滅状態だ」
映像が切り替わり、アマゾンのジャングルを這う
巨大クモの群れが映った。黒光りする体に、鋭い脚が木々を
切り裂き、毒液が地面を溶かしている。沙織の目が鋭くなった。
「クモか…毒と糸が厄介だね。IS-A Ultimateで対応できる?」
ラーソンが首を振った。
「現地の報告では、電磁パルスに耐性がある個体が含まれている
可能性があります。インドのバッタとは異なる進化が見られる」
悠斗が拳を握り、呟く。
「耐性だと? じゃあ、また一からか…」
沙織が冷静に指示を出した。
「まずはデータを集めるよ。ブラジルに調査チームを送って、
IS-A Ultimateの調整を急ぐ。信号源の手がかりも見逃せない」
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同日夜、研究室
沙織とジェシカは、バッタとクモの微生物サンプルを
比較していた。顕微鏡の中で、クモのサンプルから
採取された微生物が、これまでより激しく脈動している。
ジェシカが驚愕の声を上げた。
「宮本、これ見て! 微生物の構造が変形してるわ。
まるで…別の種に進化してるみたい」
沙織がモニターの波形を確認すると、信号の周波数が
バッタのものと大きく異なっていた。
「地域ごとに微生物が進化してる…? それとも、
信号源が複数あるのか?」
彼女の頭の中で、仮説が膨らむ。もし信号源が複数存在し、
それぞれが昆虫を操っているなら、単一の対策では不十分だ。
そこへ、悠斗が研究室に飛び込んできた。
「博士! IS-A Ultimateの調整案できたぜ。クモの毒対策に、
防御フィールドを追加するアイデアだ。
ハンスと一緒に試作始めるけど、どう思う?」
沙織は一瞬考え、やがて頷いた。
「いいよ。でも、電磁パルスの耐性があるなら、
別のアプローチも必要だ。信号の遮断だけじゃなく、
微生物自体を攻撃する方法を考えなきゃ」
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同日深夜、施設外
沙織は研究室を出て、施設の屋上で一息ついていた。星空の下、
遠くから微かな振動音が聞こえる。そこへジェシカが近づき、
並んで立った。
「宮本、今回のクモ…何かおかしいわ。微生物の脈動が、
まるで意思を持って動いてるみたいに感じるの」
沙織は空を見上げ、静かに答えた。
「私もそう思うよ。自然の進化じゃない。
何かが…意図的に仕掛けてる可能性がある」
ジェシカが息を呑み、沙織を見た。
「意図的? 誰がそんなことを…?」
沙織は答えず、ただ夜空に目を凝らした。その視線の先で、
振動音が一瞬強まり、やがて消えた。
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エピローグ
深夜、研究室のモニターには、クモの微生物が脈動する
映像が映り続けていた。沙織が席に戻り、データを眺めていると、通信機が点滅した。ラーソンからの新たなメッセージだ。
「宮本博士、ブラジルのクモがアマゾンを超え、
都市部に接近中。至急対応を」
沙織は通信機を手に、決意を込めて答えた。
「了解したよ。準備する」
窓の外では、暗闇の中で何かが蠢く気配が広がっていた。




