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Old Man and The Dust  作者: ZONE77
薬莢と灰
5/7

1-5:空き缶、巾着袋、もしくはココナッツ

 空き缶、巾着袋、もしくはココナッツ。


 若き日のグレッグが教官から教わった言葉だ。


 人間を撃ち抜く時、特に頭を撃ちぬくときは、そのようなおまじないを心の中で呟くとよい。


 最初に聞いた時は鼻で笑ったグレッグだったが、戦闘の場面になると何故か必ずこの言葉が脳裏に浮かび上がってくる。


 しかしいくら誤魔化したところで、撃ち込んだ弾丸が生み出す赤い水飛沫の存在を否定はできない。

 それは初めて拳銃というものを握った5歳の頃から変わらなかった。


 そのことに誰よりも早く気づいていたグレッグだからこそ、同期の中でトップの成績を発揮することができたのかもしれない。


 更に言えば、そのような現実主義的な眼差しと、当の昔に置いてきた道徳心のおかげでもあろう。


 そしてこの戦闘は、長らく忘れられていた彼の不健全な道徳心を刺激した。




 サーベルを持って飢えた犬のように向かってくる男達を一人、二人とグレッグは撃ち抜いていく。


 彼らからあがる赤い水飛沫は、色彩を失った砂原に不健康な彩りを与えていた。


 首の出血を押さえながら痙攣する仲間の姿を目にすると、他の野盗たちは上擦った声で喚いた。

 彼らは岩陰や点々と建っている空き家の陰に次々に身を潜める。


 その様子もグレッグは見逃すことはなく、遮蔽物からはみ出ていた一人の太ももを確実に撃ち抜く。

 狂った犬のようにギャンと鳴く声が聞こえた。



 シリンダーの中身を入れ替えながらグレッグは周囲の状況を整理する。



 十時の方向に一人、一時の方向に四人。そして二時の方向に五人。


 その中の数人は手製のボウガンを持っていることをグレッグは認識した。文字通り囲まれているといった状況だった。


 幸運にも彼と野盗たちの間には空き家が二軒ほど挟まっており、直線距離では15メートルほどの余裕があった。


 しかし、野盗たちはよく組織されているらしく、余裕があるかに見えた間合いを着実に詰めてくる。


 グレッグはその間にも何発か撃ち込み続けたが、致命傷とまではいかず、頭数が減る様子は全く見えなかった。


 そうした苛立ちがふと彼の意識を阻害したとき、十時の方向から一人の男が飛び出してきた。


 気づいたと同時にボウガンの矢がグレッグのハットをかすめ、視界が一時揺らぐ。


 しかし、グレッグはすんでのところで突進してきた男かわすと、お返しといわんばかりに男の右膝を撃ち抜いた


 そして更に体勢を崩したその一瞬の隙をついて鼻を折った。



 鈍いうめきを発する男を取り押さえ、右のこめかみに銃口を当てがい羽交締めにする。



「冷静に話をしようじゃないか!」



 グレッグは大声で叫ぶ。


 その言葉に野盗たちが一瞬どよめいたのを彼は聞き逃さなかった。


 仮に優位性はなくても状況としては互角。そう思われた。


 

 そう油断したグレッグは、自らが人質にとった男の腰にぶら下がった爆薬の存在に気づかなかった。



「アルウィグ万歳!!」



 叫び声を上げた男は左手に隠し持っていたライターを使い、爆薬に点火した。


 紙一重のところで気が付いたグレッグは、男の背中を力一杯前に蹴る要領で後方へ飛んだ。


 急速に燃え上がり爆散する男の背中の一部がグレッグの顔面を直撃する。


 痛みよりも先に不快感が彼の体を駆け巡った。



 その爆発を契機として、遮蔽物に隠れていた集団がゾロゾロと溢れ出してきた。

 仰向けの体制で二人の肩と頭を撃ち抜いた。


 だが、その倒れる野党のさらに後方20mあたりからも数十人の男たちが雄叫びを上げながら向かってくるのを彼は認識した。


 その方向に狙いを定め、引き金を引くと非常に間抜けな音が鳴った。


 弾切れだ……


 スピードリローダーの予備は切れていたため、急いで腰巻のポケットにしまっていた弾丸を一発ずつ込めていく。

 グレッグはシリンダーがスローで回転しているように感じた。

 

 しかし、弾を込めるその速度よりも早く野盗たちは狂ったような雄叫びを上げながらその歩みを進める。


 焦りで指先から滑った弾丸をグレッグが拾い上げた時、彼の目の前に鋭いサーベルの刃が日光を反射して輝いた。



 そして不意に、その景色が白く尖った物体に遮られたのがわかった。


サーベルの持ち主は謎の結晶に貫かれ、血を吐きながらだらりとその場に倒れ込んだ。



「……いいとこもってくねぇ」


 不意にグレッグの口から賞賛の言葉が飛び出す。



 遅れてその姿を現したブラック。


 右肩からは彫刻のように白い腕が生えており、真昼の太陽と青空の元でダイヤモンドのように煌めいていた。

 

 魔力によって形作られたその右腕は、ブラックという名とは正反対に白く、しかしブラックという人間そのものというように冷徹さを感じさせる。


 一瞬、グレッグがそれに見惚れたかと思うと、次の瞬間、その先端が鋭く尖り野党たち目掛けて爆散した。


 吹き飛んでいく人間たちの姿を


 そうして爆散した冷気は白いもやとなり、彼ら二人の周辺を包み込んだ。


 冷気に紛れてブラックが近寄ってくるのが分かった。


「裁判前に勝手に死なれると報告書が面倒なんだ」


 さっきまで居眠りこいてたクセになんてキザなセリフだ。


 そう思いながらも、彼はは差し出された左手を強く掴む。


 同時にブラックの左手首に固い腕時計のようなものがあることをグレッグは確かめた。


「そんなもの隠し持っておいて、居眠りこかれたこっちの身にもなってもらいたいな」


 意趣返しといわんばかりに、ブラックにそう返答するグレッグ。


「この程度の死体で、勢いづかれても困る」


 グレッグの言葉を意に介していない様子で、右肩から氷の結晶を生み出しながらブラックは呟く。


「あの世で弟子たちが泣くぞ」


 そう言うと、ブラックは生み出した結晶を更に遠方へと撃つ。

男たちの狂乱した叫び声が耳に入った。


「……ああ…」


 ブラックの言葉にそう返すと、グレッグは二人を包んでいた白いもやの先へ弾丸を撃ち込んだ。


 少し時間が空き、ケホッと咳き込みながらドミノ倒しのように男達が倒れ込む。


 完全に晴れた白いもや。

 その先にいる野盗の集団に向けて彼は一発、一発、確かめるように引き金を引く。



 素っ頓狂な声を上げながら、這いつくばって逃げる男の背中に一発


 仲間の死体に足を引っかけて倒れ込む男の顔面に一発。

 

 そして、すぐそばの岩陰で止血する男の足に二発。



 空き缶、巾着袋、もしくはココナッツ。


 ホルス、ロイド、アニー。



 初めての射撃訓練の場で気休めにこの話をした時、彼らはどんなことを思っただろうか?


 実際の戦闘にてこの言葉を思い出すことはあったのだろうか?



 その答えを知るすべはもう残されていなかった。もう永遠に。



 そうして最後の一人を撃ち抜いた時、グレッグは初めて自分に最低限の道徳心があったことを知ったのである。

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