◆27 王女の無茶振りで、貴族令嬢たちが夜の歓楽街に!?
実際、お膝元の王都とはいえ、王女殿下にお仕えするお淑やかな貴族の令嬢にとって、夜の街は見知らぬ異世界も同然であった。
夜間営業の店は限られていて、半ば非公式なものだ。
でも、貴族や大商人などが利用する娼館や居酒屋が、ないわけではない。
結果として、異世界からの客人に、王国の暗部を見せることになるのだが、ターニャ姫が、何事もヒナの意向に添うようにと侍女たちに厳命していたのだ。
「王女である私や、侍女長のクレア、補佐のサマンサは同行できません。
が、他の者は、ヒナさんと行動を共にしなさい」
侍女長クレアは侯爵家の三女、侍女長補佐のサマンサは伯爵家の二女だから、淑女としてはしたない真似はできないというのもわかる。
が、他の侍女たちも、子爵家や男爵家の子女だ。
みな、貴族のお嬢様である。
当然、犯罪者までがウロつく夜の街になど、繰り出したことはない。
「なぜ姫様専属の私たちが、夜の街に出なければならないのですか?」
「そうですよ。
だいたい 、何を目的にして、夜分に外を出歩くのですか?」
姫様は含み笑いをするだけで、なにも答えない。
それなのに、ヒナの指示に従うことを厳命した。
「異世界の方が、私たちの世界に興味をお持ちなのですよ。
こちらの世界の住人として、応えないわけにはまいりません。
よくおもてなしするのですよ」
完全に無茶振りである。
侍女たちは扇子で口許を隠しながら、ハァと息を漏らす。
悩める女性陣を後ろに、異世界人のヒナは、意気揚々と異世界観光を楽しんでいた。
「ヤバい、ヤバい!
異世界の王国だっていうのに、なになに!?
夜の繁華街の雰囲気って、やっぱ、歌舞伎町や中洲に似てるのね!」
勝手知ったる街を歩くように、ワタシ、〈魔法使いヒナ〉はズンズン歩いていく。
街を紹介するはずだった侍女たちの方が、おっかなびっくりついていく。
そうして辿り着いた居酒屋が、表通りから少し外れた裏町にある『黒い狼 ドングリを添えて』ーーヒナ命名曰く、ナイト・クラブ『ブラックウルフ』であった。
ワタシはドアを押し開けて、店内をグルリと見回した。
壁は石壁。
床は脂汚れが目立つ木製。
客の姿は、場所の雰囲気に適ったものだった。
それなりの上流階級ではあったが、酔い潰れた男どもが屯する、酒臭く、薄暗い場所であった。
いかにも麻薬が売り買いされ、吸引に耽る者がいそうな環境である。
店員は薄汚い服装をした平民で、流しの楽団が手にする楽器も、小型のギターやハーブ、それに縦笛や鳴り物ぐらいだった。
客たちは何人もいたが、後ろ暗さが染み付いているのか、身を屈めがちだった。
王宮に勤める侍女や騎士たちにしてみれば、普段とあまりに異なる光景が広がっていた。
灰色のタバコの煙が、薄い霧のように酒場に漂っている。
お酒の匂いと、人々の熱気で、空気は悪い。
赤ら顔をした男たちが、クダをまいている。
侍女たちは、この場から、一刻も早く立ち去りたかった。
「私、こんな所で、お酒なんて飲みたくないわ……」
ひとりの侍女がつぶやいた。
「とても楽しい気持ちで居られる場所ではありませんね」
もうひとりの侍女も相槌を打って、応じた。
「ですが、これもお仕事ですから……。
仕方ありませんよ」
コソコソ声を潜めて、ささやきあう。
「あなた、お酒を飲んだことあります?」
「成人の儀の折に、少し……」
「そうよね、そんなものよね。
でも、この殿方たちは、酩酊するために飲んでいるのよね」
「あら、あの女性ーーあんなに胸をはだけて。
はしたないですわ」
「それにしても、なんだか殿方の目付きが、いやらしくありません?」
日中は顔を伏せているばかりの身分の男どもが、ここでは遠慮なく視線をぶつけてくる。落ち着かない。
でも、異世界からやって来た〈魔法使ヒナ〉は、平然としたものである。
青年騎士を先触れにして、肩を怒らせて奥へと進み、少年騎士たちをゾロゾロ引き連れる。
改めて、酒場の中央で、周囲を見回す。
逆に男どもが、ヒナの視線に気圧されて、視線を逸らす。
「あら、いいオトコ揃いじゃない?」
ワタシ、魔法使いヒナは、上機嫌になった。
べつに魅了を使うまでもなく、何人もオトコを落とせる気がしてきた。
夜分遅く、淑女たちが酒場のど真ん中に出現したにもかかわらず、今度は、男どもも目を見張ることなく、慌てて顔を背け、横目で女性たちの様子を盗み見ることしかできない。
ワタシは傍若無人に店内をウロつき、さまざまな調度品の品定めを始めた。
テーブルは頑丈だけど、無骨な造り。
エールを飲むためのジョッキも、小型の樽のように、何枚もの板を鉄輪で囲んだもの。
お酒の種類は数が少なく、どれもが蒸留酒で素っ気ないものばかりだった。
男たちは、その酒を木彫りの杯に満たして、煽るようにして、喉に流し込む。
強い独特なアルコールの香りが、辺りに充満している。
酒場の匂いだ。
そんな雰囲気の中、男たちは唇を酒で湿らせ、美味そうに何杯も飲み干す。
やがて、陽気な話し声や、笑い声が、騒音のように飛び交い始めた。
どうやら、普段の雰囲気に立ち戻ったようだった。
侍女たちは、豪快な輩が飲み食いしてる姿を、身近で眺めたことがなかった。
だから、少し怯えていた。
そんな淑女たちの表情を見て、ワタシはイラつき、さもありなんと腕を組んだ。
(マジで、なに? この雰囲気。
品がなさすぎくね!?
せっかく男たちの素材が良いのに、台無しじゃん)
ワタシは、魔法を使うことにした。
「ちょっと、店の人たち。
悪いけど、ジッとしてて。
めっちゃ、ヤバいから。
それッーー!」




