◆26 王都にナイトクラブ、爆誕!
目に見えない魔力波動が、魔石売人の男どもに襲いかかる。
この世界で、最強の魔法使いであるヒナが、魅了を放ったのだ。
あっという間に、売人どもの動きは停止した。
みな、力なくダランとしながらも、直立不動の体勢になる。
視線はまっすぐ、新たな主人となったワタシ、白鳥雛に向けられていた。
「なんて素晴らしいオンナだーーお、お名前は……」
先頭に立つ髭モジャの男が、両目を見開いて息を呑んでいる。
ワタシは、その男の正面に立つと、男を睨みつけた。
「ワタシは、魔法使いヒナ・シラトリ。
ーーふん、でも、どうやら、あなたたちは薬でやられていないようね。
売人ですもんね。
薬を買ったヒトが、廃人になろうが知ったこっちゃないってことね。
でも、ワタシ、夜の街を怖くしたくないの。
深夜でも、日本みたいに、女性でも散歩できる街にしたいの。
さ、魔石粉末とやらを出しなさい。
ワタシが浄化してあげるわ」
ワタシがそう言い渡すと、目を潤ませた売人たちが、どっさり袋を持ってきた。
「貴女様になら、無料で献上いたします」
体格の良い、頬に切り傷がある髭面男が、売人どもの元締めだろうか。
彼の指示で、手下どもが、イソイソと袋を掻き集めてきた。
が、薬をワタシに無条件で献上するのに抵抗する男もいる。
「ダメだよ、兄貴。親方にドヤされる……」
この手下の男にも魅了が効いてるだろうに、ワタシの命令に反抗的である。
もとより魔法に耐性が強いのか、よほど闇ギルドの親方が怖いのか。
ワタシは不機嫌に鼻を鳴らした。
「ったく、ウザったい。
アンタたち売人の世界にも、いろいろあるってわけね。
でもね、ワタシ、そういった面倒ごとに巻き込まれたくないの。
だったら、もう、ワタシに近寄らないで。わかる?」
ワタシの命令を耳にして、売人たちは、みな顔色を変えた。
麻薬入りの袋を差し出した髭男は言うまでもなく、彼に従って袋を集めた売人たち、さらには親方に操を立てて、彼に苦言を呈した手下ですら、顔から血の気が退いていた。
「わ、悪い冗談ですぜ。
せっかく、お嬢様にお近付きになれたのに……」
「そうですよ。こんな素敵なオンナにーー」
慣れない丁寧な言葉使いで、男どもは抗弁する。
だが、ワタシの命令には、従わざるを得ないようだ。
髭男が窺うような目付きで、妥協案を提示してきた。
「ーーでは、陰ながら、貴女様を見守るってのは……」
そう、それ、と大きく片目でウインクする。
「許すわ。
マジで、アンタたちみたいな強面がウロウロしたんじゃ、ワタシの近くに、お嬢様方も、イケメン貴族も、みんな近寄れなくなっちゃう。
それ、ヤバいから」
「ーーあ、ありがとうございます……」
「じゃあ、さっそくワタシたちに、王都で一番、イケてる夜の店を紹介して頂戴!」
ワタシ、魔法使いヒナは、三人の可愛い少年騎士と、二人のイケメン青年騎士を引き連れて、王都で一番高級な夜の店に乗り込んだ。
ナイトクラブ『ブラックウルフ』ーー。
本当は『黒い狼 ドングリを添えて』という名前の居酒屋である。
ところが歌舞伎町でホスクラ通いをしてきたワタシが、勝手に店名を『ブラックウルフ』、「居酒屋」を「ナイトクラブ」と言い換えた。
青髪のイケメン騎士は、ワタシを警護するために前に出て、露払いする。
慣れた態度に思えたので、ちょっと揶揄ってみた。
「あら。騎士さんたちも、夜遊びするんだ」
「そ、そんな。私はしませんよ。
こんな居酒屋、初めてです」
「俺たちが屯するのは、もっと汚いところーー野外に樽のテーブルを置いた一杯飲み屋ですよ。
エールと、簡単なつまみしか出ません」
「ここは居酒屋でも高級で、とても騎士が飲む店では……」
チッ、チッ、チッ!
ワタシは指を一本立てて、左右に振る。
「ここは居酒屋じゃないの。ナイトクラブ! はい!」
「ないとくらぶ……?」
「ないとくらぶーー」
彼ら二人の青年騎士は、ワタシの強力な魅了魔法で、いまやワタシの言いなりである。
ワタシのことしか、考えられなくなったみたい。
片や少年の騎士見習いたちは、おっかなびっくりしながらも、ワタシの後ろを付いてくる。
そのさらに後ろには、ターニャ姫お付きの侍女たちーー服飾担当のスプリング、厨房責任者のローブ、化粧担当のナーラが付いてきていた。
一緒に同行してきた彼女たちは、戸惑いを覚えていた。
少年を掻き分けて、ワタシの背後に進み出ると、扇子越しに声をかけてきた。
「あのうーーここは……?」
「やだ、自分の国の首都なのに、知らないの?
夜の店ってヤツよ。お酒を飲むところ」
「こんな夜更けに、お酒を飲むなんて……」
「ふふふ。貴女のお父様やお兄様も、夜遊びくらいしているわよ。マジで。
お酒を楽しむのは、大人の嗜みってヤツ!?」
「それにしても、ナイトクラブって……」
〈夜の集まり〉ーーまんまの名付けである。
だけど、ワタシはそういったシンプルな名称が好きなのだ。
「ソッチの名前の方が、ずっとカッコよくね?
そういえば、なんなの、店名にくっついてる副題みたいなの。
『ドングリを添えて』ってなに?」
「店名に狼とかの獣の名前が付いていると、飲酒が許可されていることを示すんです。
さらに、『ドングリを添えて』といった木の実の名前を記すことによって、この店では軽食が可能ということを……」
「ああ、いいわ、そういった面倒臭いこと。
やっぱ、店の名前はインパクトがあるものにしないと。
それにドングリじゃあ、あまりに夜の店にはダサすぎ。
『黒い狼』ってのは結構イイけど」
「はあ……」
「でも、こんな店に来たの、私は初めてで……」
「私もです」
侍女たちーー高位貴族の令嬢たちは周囲を窺いながら、みな大きく息を呑む。
王女殿下専属の侍女連中を引き連れて、夜の街に繰り出す許可を、ワタシはターニャ姫からじかに得ていた。
仕事として、彼女たちは、ワタシに付き従うしかなかったようだ。
ワタシは、とかく賑わうのが好きなのだ。
酒を飲んで騒ぐには、やはり人数がいた方がいい。
本来は、侍女さんたちが、日中に王都を案内するという触れ込みだったのだけれど、ワタシが
「夜の店を紹介して!」
と我儘を言った結果、逆に、異世界人であるワタシの方が、夜の街とはいえ、王都を案内する格好になってしまった。
なんとも奇妙な話である。
「どこの世界だろうと、夜の繁華街は似たようなもんじゃね?
まじで、ワタシに任せて!」
とワタシが押し切ったのであった。




