◆25 さあー、異世界の夜の街。テンション爆上げで行くぞー!
東京本社では、雇用者たちが激しい動揺に見舞われていたが、異世界にいる被雇用者のバイトさんは絶好調だった。
「さあー、異世界の夜の街。
テンション爆上げで行くぞー!」
〈魔法使いヒナ〉は、馬車から降りるやいなや、おーっと掛け声をあげ、拳を振り上げる。
これにお追従して拳を突き上げるのは、魅了が効いてる五人の騎士だけ。
お姫様付き侍女たちは、ヒナの後ろをおっかなびっくり付いて歩く。
侍女たちは怯えていた。
貴族の淑女たちにとって、夜の街はまさに異界そのものだったからだ。
暗く、風が吹くと、粉塵が舞い上がる道は、昼間の街とは違って見える。
明るい活気もなく、荒んだ雰囲気が漂っている。
「ご覧になって。あんなところで人が寝ていますわ」
「あそこでもーーあんな小さな子供まで」
「スラム街という所に迷い込んだのかしら。
ゴミもたくさん落ちてますし……」
雑多な物であふれ、形容できない匂いを発散させている。
「いえーーまだ表通りだと思いますわ。
ほら、馬車の轍が舗道に付いております。
実際、ここらへんの景色を馬車から覗き見たときがありますわ。
もちろん、日中でしたけど……」
「ええ。私にも見覚えがございますわ。
帽子店に扇子店ーー普段、買い付けている品物を売っている店も、チラホラみえます。
でもーー」
店の前には、だらしなく座り込む男たちが、焦点の定まらない目で、こちらを見ている。
「怖いわ。夜になると、こんな有様になるだなんて……」
淑女たちが周囲を窺って(うかが)怯えるのも無理はない。
夜の王都はすさんでいた。
理由は明白。
ここ最近、麻薬中毒者が、街中の方々で屯しているからだ。
大通りから一本入った裏道ーーさらに奥まで進んだら、貧困者や疫病者が巣食うスラム街が広がっているが、その手前ーー以前だったら表通り扱いだった道にまで、麻薬の売人、麻薬常習者らが、うろついていた。
現在、この通りは〈魔石ハブ〉と通称されていた。
魔石粉末を原料とした麻薬の売買が横行しているからだ。
路上のあちこちで、老若男女がうつろな目をしている。
魔石粉末の麻薬でハイになっていた。
同行者のみなが、警戒を露わにするなか、ヒナだけが平然としていた。
「異世界、おもしろ〜!
ほんと、マジで、ヤバいって。
まるで、映画の中のセットにいるみたいな!?」
今、ヒナの前後には、軽装備ながら、騎士が五人も配されている。
そして、抑え気味の色合いとはいえ、ドレスをまとう貴族令嬢が、何人もついてきている。
思い切り目立った一行であった。
周囲の雰囲気にお構いなしに歩くヒナに向かって、声がかけられた。
ストリートにたむろする、男たちだ。
「これはこれは、お嬢様方。
どちらへお出かけですかい?」
「もち、夜の酒場よ!
レッツ、ゴー!」
ヒナが、はしゃぎ声をあげる。
男たちは、ヒナを値踏みするように見て、
「威勢が良いな、お嬢ちゃん。
ハイになる魔石も、イケてるオトコも、俺たちが用意致しますぜ!」
と下卑た口調で言った。
もちろん、ヒナは相手にしない。
「結構よ。お供の騎士がイイ男揃いだからね。」
「そんなこと、言わずに買ってくれよ。安くするぜ」
着くずした服装をした、魔石の売人たちであった。
彼らは貴族の一行に対しても、物怖じせずに絡んでくる。
日中ならば、目にすることのない光景だった。
「ま、待て!」
「控えろ。こちらにおられるお嬢様方は、貴様らなぞが気軽に声をかけられる相手ではない!」
騎士が制止するが、男どもは聞かない。
相変わらず薄ら笑いを浮かべ、ヒナや侍女たちを舐め回すように物色している。
彼らは夜の街の支配者だ。
彼ら売人は末端ながら闇ギルドのメンバーで、街の治安を預かる騎士たちとも持ちつ持たれつの間柄になっていたから、騎士相手にも気後れすることはない。
「うん? いつもの騎士サマとは違うな」
「当たり前だ。我らは王宮警護が務めだ。第三騎士団とは違う」
王都の治安は、第三騎士団が担っている。
王宮の護衛は第二騎士団、王や王妃を護衛する近衛騎士団が第一騎士団であり、数が少なくなればなるほど上級になる。
騎士団の構成メンバーの階級や身分が上がっていくのだ。
彼ら、王宮警護の騎士にとって、街の治安部隊の騎士と同じ扱いにされるのだけでも不快であった。
一方で、売人たちは、そういった騎士の身分に頓着しない。
平民の彼らから見れば、騎士は騎士、貴族は貴族だった。
「ふん、ゴチャゴチャうるせえ。
いくら王宮の騎士様っつっても、魔石粉末にかかっちゃ、ガキも同然だ」
「そうそう。アンタんとこの副隊長は、俺たちの上客だぜ」
ゲラゲラとした下品な笑い声が、夜の街にこだまする。
〈魔法使いヒナ〉は、不愉快になった。
売人どもはみな、品がないうえに、顔が良くない。
そんなブ男どもが、イケメンの騎士を愚弄するなど、言語道断であった。
「面倒臭い野郎どもね。ーー魅了!」




