◆24 ナノマシンを操れるのに、宝の持ち腐れ?
東京では、私、星野ひかりと、一緒にモニターを見ていた、兄の新一と東堂正宗くんが、呆然としていた。
「あいつ、派遣された意味なさすぎ。
やっぱ、頭悪すぎる」
正宗くんが、肉まんを頬張りながら、軽口を叩く。
でも、そんな気のないような態度を取りつつも、ヒナさんの活動による特殊な現象を見逃してはいないようだった。
私が不思議に思って、
「それにしても、ほんとにナノマシン相手に魅了魔法がかけられたのかしら?
あの口振りじゃあ、映像や音声がお姫様と共有できるらしいけど、そんなことが出来るってことは、まさかほんとに、ヒナさん、ナノマシンを操ってるーー?」
と疑問を口にすると、正宗くんはいつになく真剣な表情で反応した。
「あれねーーおそらく、俺様にもできないだろうな。
ナノマシンを意のままに従えるなんて。
でも、ナノマシンにも、知性があるんだろ。
だったら、魅了魔法にかかっても、不思議はない。
〈魅了〉は、ヒナのヤツの個性能力だからな。
相当、強力なんだろう。
あの騎士連中と同じように、ヒナの言いなりになるかも知れない。
だけど、もっと呆れるのは、ヒナのヤツ、無意識のうちに、自分が凄いことをしてるってことに、まるで気が付いていないってことだ」
正宗くんの推測を耳にした兄の新一が、溜息をつきながら言った。
「そうなんだよね。
魅了をかけて意のままに出来るにもかかわらず、ヒナちゃん、碌に使いこなしてくれないんだよね、ナノマシンを。
ほら、お姫様が侍女たちと自室で会議してたりするんだけど、そのとき、お姫様はもう指輪を付けてたはずなんだよね。
なのに、僕たちがモニターで見た映像は、ヒナちゃんの寝相だけだった。
つまり、僕たち、東京組がモニターで見れる映像は、従来通り、ヒナちゃんの体内に巣食うナノマシンからのデータだけってことになる。
ヒナちゃんが操ってる、指輪に潜り込ませたナノマシンからは、東京にいっさい情報を寄越していないんだ。
現に、ヒナちゃんがナノマシンに魅了魔法をかけた様子は、東京のモニターには映されなかった。
まさに、ヒナちゃんとナノマシンの間の、ほんとうに間近の出来事だったにもかかわらず、だ。
せっかくお姫様と情報を共有できるのに、ヒナちゃんが興味持ってくれないからか、ナノマシンが東京にその情報を送ってくれない。
事実上、ヒナちゃんとお姫様の二人だけのネットワークになってる。
しかも、緊急時の使用しか考えてない。
もっと現在の状況を理解するために、ナノマシンは便利に使えるはずなんだよ。
例えば、悪者王妃とかに向けてナノマシンを飛ばしてくれたら、貴重な情報が易々(やすやす)と手に入るだろうに。
せっかく意のままに出来ても、騎士さんたち同様、ナノマシンも有効に使ってくれない」
溜息混じりに、男性二人が揃って私の方を見る。
白鳥雛を指導するのは、同性であるアンタの役目だろ、と言わんばかりだ。
「え!? 私の役目なの?」
私は、動揺して目を白黒させた。
(そりゃあたしかに、私は、ヒナさんよりマサムネくんに対しての方が、当たりがキツかったと思う。それは認める。
でも、だからと言って、こんなにヒナさんが勝手行動するとは思ってもみなかったわよ……)
私が押し黙るのに反して、正宗くんは椅子にもたれかかって、大声をあげた。
「ああーーもう、どうしようもねぇよ、アイツは。
ヒナのヤツには、任務を遂行しなきゃっていう使命感がまるで感じられない。
すっかり観光気分なんだろ。
同じ派遣バイトが指摘するのも、なんなんだけどーー。
ほんと、夜の街に繰り出すから楽しみにしてねって、ふざけてんのか?
アイツ、ナノマシンですら言いなりに出来るっていう稀有な能力を、無駄使いしてる。仕事サボって、物見遊山するためだけに使いやがってんだ!」
正宗くんのツッコミに、珍しく私たち兄妹がともに同意の意を示す。
非常事態になってしまった。
派遣バイトが、仕事の業務を放ったらかしにして、私利私欲に走った。
それも、連れ戻すこともできない派遣先で、である。
それでも、管理側にやれることはない。
私だけじゃなく、他の男性二名も含めて、東京異世界本部にいる三人は、ヒナさんの行動をただ見守るしかなかった。
兄が力なく息を吐いた。
「あとは、運を天にまかせるしかないよ……」
私は、唇を強く噛み締めた。
すると、正宗くんが、私と兄の顔を順番に見つめて、脅すように言う。
「そうそう。
ヒナのヤツが、少年を集めて酒池肉林を始めたのを観て、思ったんだがな。
そのうち、ヒナの振る舞いが、アッチの世界で、大きな問題になるんじゃないか?
今はまだ遠慮して、現地のお偉方も、ヒナに直接、手を出ししちゃいないが……。
あまりに〈非常識〉なうえに、アッチの世界じゃ、ヒナのヤツは莫大な魔力の持ち主なんだろ。
ただでさえ、〈魔法使い〉ってのが稀有な存在なんだから、取り込もうとするなり、殺そうとするなり、とにかく、放っては置けなくなるんじゃないか、ヒナのヤツを。
な、危険だろ?
そんな状況下で、ヒナがひと暴れすればーーマジで、あの世界の秩序崩壊の危機が迫っているんじゃねぇの!?」
もう! そんなふうに、なにも、不安を掻き立てることはないじゃない!?
私は苛立たしく思って、正宗くんに言い返した。
「なによ、予言者にでもなったつもり!?
それに〈酒池肉林〉ってほどのことは、まだしてない!」
でも、彼は平然とした調子で、笑っている。
そこで、ようやく私たち兄妹は、もう一人のバイト君が、愛社精神なんかこれっぽちも持ち合わせていない問題児であることを思い出した。
(ああ、どうせキミにとっては他人事なんだね。
ヒナちゃんや王国のお姫様がどうなっても……)
(そうそう、そういうヤツだったね、コイツは……)
兄が、深い溜息をついた。
「ひかり、濃いコーヒー淹れてきて」
私は、静かに給湯室に向かった。
その背中に、正宗くんの無神経な声が響いた。
「俺も、濃くて美味しいの頼む。
あ! あったら、クッキーも!」




