◆23 異世界の王都デビューってヤツ?
私、星野ひかりは、上司として、派遣バイトの白鳥雛さんに、自分に与えられた〈お姫様の護衛〉という仕事をまっとうしてもらおうと、必死になっていた。
が、ヒナさんは、サボることばかり考えている。
護衛対象であるお姫様を放っておいて、好き勝手に出歩くことを狙っているようだ。
もう、溜息しか出て来ない。
それでも、ヒナさんが「手は打ってあるわ」と豪語するのも、わかりはする。
今までずっと、彼女の行動をモニターで観ていたから、理解できる。
お姫様の左手の小指に嵌めてあった純白の指輪は、王家に代々伝わる魔道具らしい。
どんな魔力も、その能力とともに内蔵することができるという、スグレモノだ。
そうした指輪の能力について、姫様からヒナさんは説明を受けた。
だから、ヒナさんは、〈攻撃反射〉を念じ、その指輪に込めておいた。
その指輪は、お姫様が指にはめると、眩しいぐらいの強い光を放ったことを、ヒナさんは得意そうに話した。
「さすがは、王族のお姫様ってこと!?
マジで、びっくりした。ヤバいよ、あれ。
かなり魔力があった」
ーーとも、言っていた。
たしかに、それなら、指輪に込めた魔法の力が、存分に発揮できそうであった。
魔道具というものは便利だけど、厄介な代物である場合が多い。
もとより無能力者には扱えないし、能力者が使う際にも、鍵となる呪文を詠唱しないといけなかったりする。
だが、魔力保有者ーーそれも相当な能力者なら、文句なく魔道具を使いこなせよう。
だから、ヒナさんが指輪に〈攻撃反射〉の力を込めれば、お姫様は強力な防御力を手に入れたことになる。
さらには、〈自己防衛〉〈攻撃無効〉など、突然の敵襲に備えるための魔法をも、お姫様が自力で発動させることができるように、ヒナさんは魔法を込めておいた。
これで、お姫様は自分の身ぐらいは守れるはずだーーと。
加えて、魔石指輪にナノマシンまで潜り込ませ、音声と映像による情報の共有を、お姫様と出来るようしておいたという。
「ナノマシンに魅了魔法をかけたってわけ。
スゴくね?
ナイス・アイデアでしょ!?」
と、ヒナさんは鼻息荒く言っていた。
まさか、そんなことができるとは。
私にとっても初耳で、正直、驚いた。
ヒナさんは、コッチの驚きにまるで気付く様子もなく、得意げだった。
「ね、めちゃ安心じゃね?
これで、お姫様とお互いの状況がすぐにわかるーー目と耳で見たり聞いたりできるようになったわけ。まじで、ナノマシンって便利。
姫様がワタシに助けを呼んだら、すぐに迎えに行けるってわけ」
会社側にとっても、大変イレギュラーな事態だった。
が、ヒナさんにとっては、ちょっと小冴えを利かせた程度のことだったらしい。
どうしてナノマシンにまで魅了魔法がかけられたのか、しかも、何億、何兆もいるナノマシンを、どの程度、個別に動かせられるのか、どこまで自在に働かせられるのか、という数々の不思議には、まるで興味がない様子だった。
「どうやって、ナノマシンに魅了魔法をかけたか知りたいんだけど……そういえば、そんな場面、東京のモニターには映ってなかった」
と、私がつぶやくと、ヒナさんは心底、驚いたふうだった。
「マジ!?
でもーーあ、そうか。わかった!
ナノマシンって、たくさんいるんだったよね。
東京にデータ送る子とは違う子たちに、ワタシが魔法をかけたからじゃね?
知らんけど」
「……」
私は、とりあえず考えられる現象を、派遣バイトさんに伝えた。
「でも、ナノマシンを介して音声と映像を共有するってことは、あなたが見てる景色を、姫様も眺めることが出来るってことよ。わかってるの?」
私からの指摘を受け、ヒナさんはちょっと真剣になったようだった。
「まじ? それって、ちょっとヤバめ?
ーーじゃあ、ちょっと使ってみるね」
ヒナさんはそう言って、何やら念を込める。
試しに、現在のターニャ姫の見聞きしている情景を、脳内で観てみたらしい。
するとーー見事に映像と音声が共有できたようだった。
ヒナさんの脳内に、ターニャ姫が下着を着替える様子が映し出されたそうだ。
ということは、姫様の方も、このようにして、ヒナの様子を覗き見ることができる、ということである。
実地で確かめてみて、ヒナさんはようやく事態が飲み込めてきたようだった。
でも、気にするところが、相変わらず彼女らしくズレていた。
「ああ、やっぱヤバいわ、これ。
ワタシのプライバシー、皆無ってヤツ!?
マジで、恥ずかしいッ!
でも、こうなっちゃうと、さすがに美少年との戯れ(たわむ)は控えなきゃ。
お姫様に観られるわけにはいかないもんね。
う〜〜ん、残念だけど、仕方ないかぁ。
あれ? もしかして、そうなっちゃうと、姫様の秘め事も、東京のモニターに映り込んじゃうってこと?」
渋い顔をするヒナに、私はちょっと考えてから、私見を述べた。
「たぶんーーそれはないでしょうね。
姫様とヒナさんが映像と音声を共有するといっても、東京とは共有できてない。
ヒナさんが、私たち、東京としている通信は、姫様には聞こえていないようだし、姫様の視点からの映像も、東京のモニターに映し出されたことはないわ。
今のところーーだけど」
「そっかぁ。だったら、よかった。
じゃあ、お姫様とワタシだけの情報ネットワークってわけね」
そうは言っても、ヒナさんの状況は筒抜けだから、間接的に姫様のありようも、かなり東京でもわかる気がするけど、それについては黙っていた。
私はヒナさんに、仕事に励むよう、注意するしかなかった。
「せっかく意識を共有できるんだから、ヒナさんの方も、姫様の状況に気を配りなさいよ」
「わかった。
でも、ワタシの方からは、あまり姫様の近況を覗かないつもり。
ワタシが始終監視するようじゃ、姫様自身の独立と成長のためにならないし。
ーーそれでね、ワタシ、今晩は、侍女さんたちを引き連れて、夜の街に繰り出そうって思っているの。
異世界の王都デビューってヤツ?
侍女長さんや補佐さんには外出許可は降りなかったけど、あとの面々は快くお貸し頂けた。
もちろん、護衛として、何人かのイケメン騎士さんも同行させるつもり。
楽しみにしててね!」
「ヒナさん、それは……夜遊びする気なの?」
言葉を失った私を嘲笑うかのように、通信が途切れた。
ヒナさんが通信機能を遮断したのである。




