◆22 ヒナの暴走が止められない!
東京異世界派遣会社の本部ーー。
私、星野ひかりは焦っていた。
異世界へ〈魔法使い〉として派遣した白鳥雛さんは、仕事の内容をすっかり忘れてしまってるんじゃないのか?
前回派遣された東堂正宗くんよりも、ずっと扱いにくい気がしてきた。
ジッとしていられず、ヒナさんへ通信を入れる。
すると、今朝は相当機嫌が良いようで、珍しく彼女は回線を開いており、交信可能な状態になっていた。
美形の少年に子守唄を聴かせてもらって就寝したことが、よほど嬉しかったらしい。
ささくれ立つ心をできるだけ抑えて、私はヒナさんに話しかけた。
「ヒナさん、お姫様の護衛はどうしたの?
昨夜は自室に籠って、爆睡してたでしょ!?
何人もの少年騎士さんたちを引き入れて!」
尋問するという口実で、ヒナさんの部屋に押しかけて来た騎士どもに、彼女は片っ端から魔法をかけていた。
結果、〈魅了〉の力で、彼女は騎士たちを言いなりにしていた。
それなのに、ヒナさんはなにをするわけでもない。
王国の裏事情や、婚約候補者の近況などに、探りを入れるでもない。
散々、騎士たちに肉を食わせたり、飲酒させたりしただけ。
騎士たちにやったことといえば、王妃の言いなりでは、騎士としてみっともないぞ、と煽ったことぐらいだ。
しかも、見習いの少年騎士ばかりを集めて、同室で泊まり込ませた。
異世界の派遣先に行っても、ひたすら自分の趣味に走る。
仕事のことを、彼女はどう考えているんだろう。
ヒナさんのはしゃぎ声に、やはり苛立ちを感じる。
「ねえ、聞いて!
朝起きたら、美少年が二人も、ワタシのベットに潜り込んでいたの。
きゃーー! まじ、ヤバい!
ーーでも、素敵だったわ。
あんな可愛い子と、ベッドまで共にしたの。
信じられる!?
でも、みなさん、お行儀が良いのよ。
目が覚めたら顔を真っ赤にするばかりで、誰も襲って来ないのよね」
はあ〜〜。
私は脱力気味に、項垂れる。
深夜、側近の侍女たちを集めて、ターニャ姫がどのような指示を出したか、知りたいところだ。
なのに、ヒナさんが同席していないから、どのような会話がなされたかわからない。
ナノマシンが映像を送ってくれないからだ。
普通、ナノマシンは宿主であるヒナさんから、離れた場所の映像は映してくれない。
その結果、寝相の悪いヒナさんが、大きなベッドで少年と雑魚寝している様子が、モニターに映し出されるばかりだった。
これでは、まるで仕事の役に立たない。
「やだ、ひかりさん。
つまり、それって、乙女の寝顔を覗き見てたってことだよね!?
かなり引くわぁ。マジで、ヤバいっしょ。
まさか、マサムネのバカに、ワタシの寝てるとこ、見せたりしてないよね!?」
「ーーとにかく、忘れてもらっては困るけど、あなたの役目は、お姫様を守ることなのよ!」
「めっちゃ、わかってますって。
でも、誰も襲ってなんか来ないしぃ〜〜」
「何言ってんの。
襲われてからじゃ、遅いのよ」
「そんなこといってもさぁ、四六時中、お姫様にまとわりつくわけにはいかないしぃ」
「バカね! まとわりつくのが仕事でしょ。
護衛なのよ、あなたは!」
「お姫様も、いつまでも護衛してもらうわけにもいかないでしょ。
結局は、自分の身ぐらい、自分で守れるようにならなきゃ。
ーーということで、ワタシ、お姫様にはお独りで考えて、行動してもらうことにしました!」
「そんな勝手なこと、許されないわよ。
お姫様になにかあったら、どうするの?」
「ひかりさん。
私はね、お姫様の身体だけではなく、心も守ってあげるために、そうしているわけ。
わかる?
女の人生には、いつだって危険はつきもの。
すっごく山あり谷ありで、めっちゃ大変なもんだから。
それを乗り越えなきゃ。
マジで、自分の力でね」
もっともらしいことを言っているが、要はイケメンに囲まれながら、異世界で羽を伸ばしたいだけなのだ、この娘は。
私はヘッドフォンから口許に伸びるマイクに、声をあげた。
「ヒナさん、お願いだから、お姫様の護衛をして下さい。
そのために、あなたを〈魔法使い〉として派遣したのだから」
ところが、私が必死になって頼んでも、相手に焦燥感が伝わる気配はない。
相変わらず、能天気な返事が返ってくるばかりだった。
「大丈夫、大丈夫。手は打ってるわ。
私がじかにつきまとわなくたって、指輪に防御魔力をいろいろと込めといたから。
お姫様がその指輪を指に嵌めていてくれれば、身の危険を防ぐことができるはず。
それにね、ナノマシンに向けて魅了魔法かけたら、マジでうまくいったの。
スゴくね!?
だから、ナノマシンのいくつかを、お姫様の指輪に潜り込ませといたから。
これで、お姫様とワタシで情報が共有できるし、連絡も取れるーーはず?
とにかく、ワタシ、お姫様には、自立した強い女性になってほしいの。
すべて自分の力で行動して解決できるように、と願ってるわ。
それに、知ってる? お姫様には魔力がたっぷりあるのよ。
さすがは、王族のお姫様ってこと!?
マジで、びっくりした。ヤバいよ、あれ。
かなり魔力があった。
だからね、お姫様なら、指輪に込めた魔法を力強く発動させることができるはずーー」
長々とした、支離滅裂なヒナの言い訳を聴きながら、私はこめかみの辺りをグリグリと指で押す。頭が痛くなってきた。
(ああ、ヒナさん、聞く耳、持ってない……)




