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◆21 姫の幸せは、好きな男性を王子様にするために生きること

 普通、こちらの世界での護衛役は、護衛対象にピッタリ貼り付いて離れないもの。

 それこそ食事や就寝ーー果ては入浴から用を足す際にまで、(かたわ)らで(ひか)えるものーー。


 私、ターニャが、そうした「常識」を話しましたら、魔法使いのヒナさんは、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げていました。


「ええっ、マジ!?

 護衛役って、そんなふうに四六時中、相手に付き添ってるわけ?」


 当然なことなのに、なにを驚いているのでしょう?


 晩餐の後、この深夜会議に参加して頂こうと、彼女にお誘いした際のことでした。

 しかし、ヒナさんは、護衛役として異世界からの召喚されたにもかかわらず、会議に参加するつもりもなく、挙げ句の果てには、


「マジで、(イヤ)っす。

 これから、イケメン騎士団が、ワタシの部屋に来ることになってるんですよ。

 なんで令嬢方と夜中にお付き合いしなきゃなんないのか、意味不明(イミフ)なんですけどぉ……。

 ーーああ、やっぱ、ワタシが護衛役だから?

 ヤバッ。じゃあ、お仕事的には、ずっとお姫様と一緒ってことかぁ……。

 う〜〜ん、それ、パスかな?

 なんとかできない?

 ワタシ、勝手気ままに動き回りたいんだよね。

 せっかくの異世界なんだし」


 じつに新鮮な反応で、私は当惑してしまいました。

 護衛役なのに、護衛対象である私の(もと)を離れて、自由に行動したい、と要請して来たのです。


 正直、彼女が私の臣下であったり、せめてこの王国臣民であったなら、厳しく叱責していたところでしょう。

 ですが、ヒナさんは異世界人。

 王国の常識が通用し難いお方です。

 加えて、父王様が招聘(しょうへい)された客人でもあります。

 実際、恐ろしいほどの魔力持ちなのは、私の目から見ても明らかです。

 ですから、極力、彼女のやりたいようにやってもらおう、と思い直しました。

 異世界人ならではの思惑が、あるのかもしれないからです。


 ですから、私は、同行できない場合、せめて護衛役が果たすべき行為はなにかーーを思い描きながら、答えました。


「ーーええ。たしかに、基本的には、護衛役は護衛対象にピッタリ貼り付くものですが、どうしても同行できない場合には、備えとして〈防御の魔石〉を護衛対象に渡したりします」


「魔石? あれ? 粉にして麻薬にするヤツ?」


「違います。

 それは麻薬効果に特化した一部の魔石で、大概のものは麻薬用ではありません。

 魔石とは、普通に、魔力を込めることができる石のことです。

 宝石のように綺麗に輝く魔石もあるんですよ。

 例えば、今、私が指につけている指輪ーー見た目は宝石に見えますけど、魔石なのです。これに防御魔法を発動するようセットしておくんです。

 そうすると、敵襲を魔法で何度か(はじ)くことができます」


 私は自らの指輪で、軽く実演してみせました。

 防御魔法ーー障壁(シールド)を、左手の薬指に()めた指輪に込めます。

 すると、リングの台座に鎮座する、緑色の魔石が赤く光りました。


「これで、私の左手に障壁魔法がかかりました。

 攻撃してみてください」


 私はヒナさんに、髪留めのピンを手渡しました。


「これで、私を刺して下さい」


 と、言い添えて。


「え? 本当にいいの?

 めっちゃ怖くね!?」


 ヒナさんは大胆なようでいて、人を攻撃するのもされるのも、苦手なようです。(そんな性格で、どうして護衛役を務めようとするのか、さっぱりわかりませんが)


 彼女はひとつ大きく息を吸い込んで、力一杯、ピンを握り締め、私の左手に突き刺そうとします。

 その瞬間ーー白い光が壁となって私の左手を守り、ヒナさんが手にするピンを弾きました。

 その魔法効果が顕現するときには、指輪の魔石が赤く光っていました。

 うまくいったようです。

 私は大きくうなずきました。


「このように、防御系魔法が込められた魔石を身につけていると、自分の身を守ってくれるんです。

 護衛役が貼り付いていられないときの、保険のようなものです」


 しばらくポカンとした後、ヒナさんは満面の笑みで手を叩きました。

 

「マジで納得! だったら、ワタシも、お姫様に魔石をお預けするから、よろ!

 ワタシの魔法(愛)が、たっぷり込められた魔石をね!」


「では、この魔石にお願いします。

 随分と魔力の容量があるはずです」


 私は父王様から受け継いだ、純白の魔石が()められた指輪を差し出しました。

 ヒナさんは真面目な顔つきになって、魔石の吸収力が限界一杯になるまで魔力を込めてくれました。

 紫色に輝く魔石を、私は初めて目にしました。

 何度か自分で魔力を込めて見たことがありましたけど、この魔石はいつまで経っても白かったのを覚えています。


「凄いですわね……」


 私には想像もつかないほどに強力な魔力が、この指輪に封印されたようです。

 私は指輪を嵌めた左小指を、そっと右手で包み込む。

 魔石からは紫の霊波(オーラ)が出ていて、触れる指がヒリヒリするほどでした。


「ヒナさん。なんだか、これ、普通の魔力とは違った感触が……」


「さすがは、お姫様! よくお気づきで。

 ワタシの力を込めた魔石指輪は、特別製になってるの。

 防御魔法のみならず、通信、映写、録画の機能もついてるんだから!」


 ヒナさんの話によれば、ナノマシンを意のままに操ることができるようになったので、防御魔力を込めると同時に、これを指輪に潜り込ませたんだ、といいます。

 私が念じたら、指輪から魔法が展開するだけでなく、ナノマシンのさまざまな機能が発動する、とのこと。

 要するに、ナノマシンのおかげで、音声と映像が、私とヒナさんとで共有できる、といいます。


 私は耳慣れぬ単語に当惑し、首をかしげました。

 

「なのましん?」


「う〜ん、めっちゃちっちゃい精霊みたいなもん?

 いっぱいいるんだけど、目に見えないほど細かいから、魔石の中にも入れるし、人間の身体の中にも入れるの。

 あ、でも、害はないよ、マジで。すっごく小さいから。

 でも、この子たち、映像を撮ったり、声を拾ったりできるから。

 おかげで、ワタシとお姫様とで、お互いに、目で見たり、耳で聞いたりするようなかんじで、頭の中でいっしょに味わえるの。わかる?

 だからね、姫様が助けを呼んでくれたら、ワタシ、すぐに迎えに行けるから安心して。

 ほんと、めちゃヤバいっしょ?」


 ヒナさんは得意満面の笑顔でそう言うと、意気揚々と部屋から退出していったのでしたーー。


◇◇◇


 ターニャ姫は、往時(おうじ)を思い出しつつ、魔力が込められた指輪を撫でる。


 あのときも、〈魔法使いヒナ〉は、さっさと立ち去ってしまった。

 あたかも、いろいろと案件が立て込んでいるかのような、気忙(きぜわ)しさで……。


 彼女は「勝手気ままに動き回りたい」と言っていた。

 けれど、そのセリフを字句通りに受け取るわけにはいかない。

 あれほどの魔力を、さらには多機能の精霊を、指輪に込めてくれたのだ。

 護衛をするうえでの隠れた意図が、なにかあるに違いないーー。


 王女は、そう信じることにした。


「ヒナさんとは、仲良くしてあげてください。

 彼女は、いざというとき、私の助けとなるお方でしょうから」


 王女殿下の総括を受け、侍女たちはみな、言葉を飲み込んで、押し黙る。

 そして、姫に(うなが)されて退室していった。(侍女長と補佐は寝る際にも、いつでも姫のお側に馳せ参じることができるよう、隣室で寝泊まりしている)


 ターニャ姫は独りきりになると、机につき、書きものを始めた。

 誰に見せることもない日記だ。

 日々の出来事と感想が、つらつらと(つづ)られていく。

 静かな部屋に、サラサラとペンを走らせる音だけが響いた。


 時折、窓から外へ目を向けて星空を眺め、物思いに(ふけ)った。

 ヒナさんから言われた言葉ーー


「姫の幸せは、好きな男性を王子様にするために生きること」


 に、深く思いを馳せていた。


(なんて無茶苦茶な……そして、素敵な考え方かしら。

 さすがは異世界。まるで違う世界からやって来た〈常識〉……。

 魔法を使った形跡がまるでない言葉なのに、深く心に刺さったわ。

 ふふふ、さすがホンモノの魔法使いね、ヒナさんは……)


 ターニャ王女は、自分が望んでいること、そしてそれを実現するために、自分はこれからなにをすればいいのか、といった事ごとを、具体的に紙に書き出した。

 やるべきことが、いっぱい頭に浮かんだ。


(やはり、あの方に立派になってもらいたい……そうしたらーー。

 あらーー私ったら、こんな事を望んでいたなんて……)


 ターニャ姫は、自分では自覚していなかった願望が次々と書面に書き連ねられていくのを目の当たりにして、自分でも驚いていた。


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