◆9 責任重大! 超、難易度高いよね。派遣バイトの割に。
通信を終え、私、星野ひかりは、額を抑えながら、溜息をつく。
派遣バイトの白鳥雛さんーーいっけん見た目は悪くないというか、かなりの美人さんなんだけど、口を開くと、欲望丸出しになってしまうのが欠点だ。
とにかく、〈イイ男〉に、めっぽう弱い。
彼女が今回の仕事に乗り気になったのも、モニターに映った依頼主の子爵様が、渋めのイケメンだったから、という馬鹿げた理由だった。
「ヤバッ! 行きたい、行きたい!
ワタシ、あーゆーところ、憧れだったの!」
駄々をこねる子供のように、私や兄の新一の腕に縋ってきた。
依頼条件が合っていたから派遣はしたが、不安は拭いきれない。
依頼内容は単純だ。
さる帝国子爵家のご令嬢が、公爵子息と婚約しているが、その婚約を解消したいーーと、娘の父親の子爵サマが依頼してきたのだ。
公爵と子爵とを比べたら、公爵の方が上位に位置づく。
だから、子爵家とすれば、公爵家と縁付くのは歓迎するものだ。
ところが、この縁組には、素直に喜べない理由があった。
公爵子息が、かなり粗暴に成長しているらしいのだ。
(この公爵家のボンボン、外面はとても良いっていうのが面倒よね。
そのくせ、陰では侍女や実妹に対して、執拗なイジメを繰り返すなんて……。
相手が自分に刃向かえない、と知ってるがゆえの振る舞いよね……)
父親の子爵が、
「このまま娘が不幸になるのを、見ていられない。
なんとかして欲しい」
と言って来たのだ。
『娘の婚約を解消して欲しい』という、まことに、わかりやすい依頼内容だったわけだ。
でも、この〈異世界〉は、地球でいえば、西欧中世的な、封建制の貴族社会だ。
そう簡単に、婚約解消は出来ない。
相手の男性側が、身分上の公爵家で、しかも父親の公爵は宰相を務めており、現在、権勢を誇っている。
普通なら、娘がどうなろうと、縁付くために、婚姻関係を歓迎するのが筋のところだ。
だから、婚約を格下の娘の側から破棄するのは難しく、なんとか公爵子息に、娘以外の女性に執着させるなどして、向こう側から婚約破棄を宣言させられないものかーーという。
普通、そんなことされたら、娘さんが疵物になるのでは、と心配してしまう。
けれども、そうした悪評を受けようと、娘の婚約を破棄させたい、と父親の子爵サマは、モニターの向こうで、目に涙を浮かべながら訴えていた。
それほど、父親として、娘に愛情を注いできたのだろう。
私なんかはつい、もらい泣きしそうになったほどだ。
でも、ほんとに単純ながらも、難易度の高い依頼をしてきたな、というのが正直な感想だ。
人の心を操るのは難しい。
しかも、相手は、文化がまるで違う、異世界人の高位貴族男性なのだ。
依頼を受けるのをためらっていると、兄の新一が決断した。
「報酬も悪くないし、雛さんも積極的に行きたがってる。
引き受けよう」
「でも、雛さんで大丈夫かしら? なんか、不安」
「心配しても仕方ない。
『運は曲がらぬ道』って言うじゃないか」
「知らないわよ。そんな言葉。
どうせ、ことわざかなにかなんでしょうけど」
「うん。いかなる運命でも、それは正当なものだから、素直に受け取るべきだーーっていう意味」
「そうねーー雛さんが乗り気だっていうのも『運命』か……。
だったら、やるしかないわね」
実際、報酬はかなり高額だ。
向こう側での金貨五十枚ーーこちらではおよそ二百万円強の価値がある。
派遣バイト女性の白鳥雛さんも、大喜びだった。
「やりぃ。イケメンに会えて、お金もゲット!」
と騒いでる。
たしかに、白鳥雛さんには、異性に限らず、あらゆるモノを惹き付ける〈魅了〉魔法が、個性能力として付与されている。
だからといって、うまく公爵子息の気を惹き、子爵令嬢との婚約を破棄するにまで、持って行くことができるのか。
じつに心許なかった。
(ふう。やれやれ……。
こんな調子で、大丈夫なのかしら)
兄の方に目を遣れば、ようやく、男性派遣バイト君の方での〈依頼達成による契約解除〉を果たしたようで、椅子に深くもたれてコーヒーを飲んでいた。
あとは派遣バイト君ーー東堂正宗くんの意志次第で、好きに帰還できるはずだ。
帰ってくるかどうかは、未定だけど。
◇◇◇
とにもかくにも、ちょっと癖がありながらも、能力的にはなんの変哲もない、二人の若い日本人の男女が、なぜ異世界に派遣される仕事に就いているのか。
それには、それなりの事情がありまして……。