◆5 魔法使いヒナのスペック
ドミニク=スフォルト王国の国王サローニア三世から、娘ターニャ王女が無事、意中の男性と婚約できるまでの護衛依頼ーー。
これを受けてから、三日後。
東京異世界派遣会社本部で不安顔になっている面々とは異なり、現場に派遣されたバイトーー白鳥雛は張り切っていた。
「お仕事、楽しみ。
ワタシにできるかな。
〈魔法使いヒナ〉、ファイト!」
その声をモニターから漏れ聞いて、東堂正宗が余計なことを口走る。
「えらく張り切ってるけど、大丈夫かね。
派遣先の王国は華美を好む文化なうえに、国王も姫様も美形だろ。
ヒナのヤツは、節操のない面喰いとみたが……」
正宗くんは、今回、雛さんが受けた依頼の資料に目を通している。
その際、依頼主と護衛対象の相貌を(モニター画像からコピーした写真で)見ていた。
たしかに、依頼主父娘の王様とお姫様は、ともに肌が白く、青い目が澄んでいて、鼻筋が通った、彫りの深い美形顔であった。
嫌なことを言うーーと私たち兄妹は、揃って顔を強張らせる。
これから仕事始めだというのに、要らぬ揶揄が雛さんの耳にでも入ったら、彼女は機嫌を悪くしかねない。
が、マイクは正宗くんの声を拾わなかったようで、雛さんはこちらの様子をまるで気に留めていない。
いや、今は私、星野ひかりの声すらも、耳に届いていないようだった。
〈魔法使いヒナ〉は、鼻歌を口ずさみながら、自分の周囲の景色を眺め回す。
手入れが良く行き届いた庭園の中に召喚されたようで、随分と気に入っている様子だった。
ヒナさんは、心ここに在らずといった調子で、歌うように声を弾ませる。
「いいわね、このお庭。
まるで絵本の中に入り込んだみたい!」
私はつい、強い口調で言った。
「ヒナさん。周りより、まずは自分の確認ですよ。
ステータスの確認でしょ!」
「あら、そうでした。
えっと、ステータス・オープン!」
魔法使いヒナの目の前に、ステータス表が開示される。
名前:ヒナ 年齢:27 職業:魔法使い
レベル:20/20
体力:89/100 魔力量:99/100
攻撃力:69/100 防御力:99/100
治癒力:90/100
スキル:魔力極限・火炎・鑑定・自己防衛・魔力付与・魔力剥奪・攻撃無効・攻撃反射・転移・高速飛行・印貼付・清掃・洗浄・装飾創造付加・作法同調
個性能力:魅了
ステータス表を漫然と眺めるヒナに向かって、私は解説を入れる。
「今回、ヒナさんの職業は〈魔法使い〉ですから、魔法に特化した仕様にしてあるの。
でも、お姫様の護衛任務なんで、仮に敵襲を受けても、迎撃の際、敵味方に関係なく暴れられてもお姫様が困りますから、攻撃力はあえて抑えてあります。
一応、〈火炎〉とかの攻撃魔法は使えるけど、基本、防御に力を入れてるんで、防御絡みの魔法は豊富に設定しておいたわ。
あ、それと〈清掃〉〈洗浄〉とかは、生活魔法ってヤツね。
お姫様の護衛が基本任務ですけど、結局は、ヒナさんもお姫様と生活を共にするわけです。侍女たちとも、一緒に活動することになるでしょう。
侍女の中に紛れると、お姫様のガードもしやすいと思って」
ヒナさんは、目をぐるぐる動かす。
「〈装飾創造付加〉ってのは?」
私は即答した。
彼女が疑問に思うかもと、あらかじめ予想していた項目だったからだ。
今回の仕事に対する自分の意気込みを、現場で働くヒナさんに知ってもらいたかった。
「おそらく、王宮内部とか、お姫様のお部屋とかが、ヒナさんの仕事場になるでしょう。
ですから、華美に装飾された空間で、ヒナさんも生活することになるはず。
でも、敵襲があったら、魔法で迎撃することもあるでしょ?
だったら、護衛任務の結果、部屋や廊下を、色々と壊すと思うのよね」
ヒナ自身の身体はナノマシンで自動修復されるけど、建物や装飾品はそういうわけにはいかない。
だから、〈魔法使いヒナ〉がこの能力を使って、元の状態に復元してもらいたい、と配慮していたのだ。
他にもこの能力には利点があることを、私は付け足す。
「それに、もしお姫様を伴っての逃避行が必要になったら、あまり粗末な所で寝泊まりしていただくわけにもいかないわ。
そのときは掘立て小屋でも、洞穴の中でも、それなりの豪華さーーお姫様に相応しい空間ーーを演出できると思うの」
〈魔法使いヒナ〉は、ステータス表を改めて眺め直す。
「ふうん……さすがはホンモノのお姫様ーーマジで贅沢ぅ……。
でも、どこに移動しようと、結局は、ご一緒するワタシも快適ってわけだしぃ。
マジで、この能力、使い勝手良くね?
ほかの能力も、かなりヤバめよね……」
〈自己防衛〉〈攻撃無効〉〈攻撃反射〉ーー。
みんな防御系の魔法だ。
〈魔力剥奪〉ってのも、字面から見て、相手の魔力を奪う魔法に違いない。
〈お姫様をお守りする魔法使い〉らしく、ものすごく守りに特化した仕様をしている。
マサムネが派遣されたときとは大違いだ。
ヒナは感心して、白い歯を見せた。
「うん、マジ、納得。これ、すっごくワタシ向きになってね!?
これでも、スゲェ繊細な乙女だかんね、ワタシ。
守ってもらわなきゃ、ヤベエし」
私たち兄妹の気遣いを、ヒナさんに察してもらい、私は安堵した。
そして、つい軽口を叩く。
「それにしても、二十七歳で〈女の子〉って、無理があるんじゃない?」
でも、ヒナさん相手に、年齢をネタにするのは禁句だったようだ。
彼女のイラついた声が響いた。
「私は王子様から見たら、永遠の〈女の子〉で、〈お姫様〉なの!」
私は額に手を当てた。
溜息とともに、念押しする必要に迫られた。
「今回の依頼は、ホンモノのお姫様の護衛任務なの。
そこらへん、良く理解してる?」




