◆1 白鳥雛の初派遣!
ある麗らかな日の朝ーー。
八重洲にある東京異世界派遣株式会社の〈管理室〉では、ちょっとした緊張が漲っていた。
(さて、今度は雛さんの番か……)
私、星野ひかりは、異世界を映し出すモニターを前に、椅子に深く腰掛け、伸びをする。
白鳥雛さんの初仕事は、〈魔法使い〉として異世界に派遣されることだった。
早朝に転送装置を作動させたから、彼女はすでにこの地球上には存在しない。
転送してから、およそ一時間ーー。
そろそろ彼女は亜空間を通り抜け、異世界に転移するはずである。
派遣バイトを監視する管理室では、私と兄の新一、そして前回、異世界に派遣されて無事に仕事をこなしてきた東堂正宗くんが、モニター画面を前に勢揃いしていた。
モニターに雛さんの画像が映し出されたら、彼女が無事、目的の異世界へと辿り着いた証となる。
彼女を監督指導する役目の面々は、気が張り詰めていた。
「あいつ、大丈夫かね?
ちょっと足りないところのある女だから」
正宗くんは手にしたペンを器用に指で回しながら、モニターを漫然と眺めている。
が、随分と余裕のある表情をしていた。
それはそうだ。
彼は今回、異世界に派遣されることはない。
他の人が派遣されるさまを、見学するだけの立場である。
まだたった一度とはいえ、任務を全うできたことを嵩に着て、随分と先輩風を吹かせていた。
「大丈夫よ。無茶なことをしなければ危険はないわ」
私は自分自身を安心させるように、正宗くんに向かって答える。
ところが、彼は私の発言を無視。
兄の新一を見て何か言おうとした。
しかし、そのタイミングで、兄は思いついたように立ち上がる。
「今日はやけに喉が渇くね」
そう声を漏らすと、兄は給湯室にお茶の用意をしに行った。
兄は彼と一緒になって、雛さんの悪口を言いたくなかったようだ。
(そりゃ、そうよね。仲が悪すぎだと思う。正宗くんと雛さんは)
私は口からハァと息を漏らした。
異世界から取り寄せた〈光明石〉が、柔らかい光を灯している。
光が当たる方角から、兄が盆を抱えて戻ってくる。
黒塗りのお盆には、急須と湯呑みが置かれていた。
兄は椅子の横にある小さなテーブルに盆を置くと、茶筒から茶匙で大盛り一杯、茶葉を急須に入れた。
次いで、ゆっくりと急須に湯を入れ、丁寧にお茶を淹れる。
薄緑の綺麗な色が、三つの湯呑みに満たされた。
「見て、見て。茶柱がたっている!」
私は湯呑みを覗き込み、ことさら嬉しそうに声を上げる。
私の溌剌とした声に、兄も応じた。
「幸先がいいことの前兆だよ。
きっと、ヒナちゃんは上手くいく」
私たち、星野兄妹は、結構、縁起を担ぐ性質だ。
特に、誰かを異世界に派遣した際は、必ず明るい発言をして、仕事の無事を祈るものだった。
茶柱が立ったことを喜ぶのも、その一環である。
が、こうした気遣いを無視する輩もいる。
今日は私たち兄妹のみならず、もう一人、異分子が管理室にいる。
前回、〈勇者〉として異世界派遣をして、依頼を全うした正宗くんだ。
彼が異世界に転送されたときも、私たちはモニターを前にして、ことさら前向きな発言をしあって、仕事の成功を祈願したものだった。
が、当の正宗くん自身には、窺い知れぬこと。
案の定、彼はヒトを小馬鹿にした表情で言い放った。
「ったく、非科学的な。
茶柱ごときで人生うまくいくなら、誰も苦労しないよ」
私たち兄妹は、緑茶を啜りながら、苦い顔をする。
顔を顰めるのは当然、お茶に苦味があるからだけではない。
そんなときモニター画面の砂嵐が停止し、白を基調とした西欧風建築物と広大な緑の庭園が映された。
画面中央には白鳥雛さんが映っている。
花壇や植木の間に真っ直ぐ伸びる石畳があり、彼女はそこに一人で立っていた。
黒いローブをまとい、胸には紫水晶のブローチが輝き、手には黒い杖を持っている。
いかにも〈魔法使い〉といった出姿だ。
私たちだけでなく、正宗くんも大きく胸を撫で下ろした。
どうやら無事に雛さんは、異世界に漂着したようであった。




