◆49 勇者は立ち去る
片膝立ちの姿勢のまま、静かに咽び泣く、白騎士レオン。
そして、その姿を見て、憂いに沈む、お姫様。
ざわざわと騒ぎ出して、動揺をきたす、群臣たち。
そのど真ん中でーー。
王様は宣言する。
自分の娘が嘆くさまを目にしながらも、王の勤めとして、低い声を絞り出す。
「わが国では代々、魔王を討伐した勇者こそが、王の姫を娶る習わしだ。
余は勇者ではないが、先代の父王が、魔王討伐の勇者であった。
そうした勇者の血族となることで、わが王家は、この国で君臨することがかなったのだ。
ゆえに、魔王を討ち果たし、人類社会を救った勇者マサムネ殿を、わが王家に迎え入れ、娘と婚姻を結んでもらおうと思う」
王の宣言を受け、先程まであった喧騒がなくなった。
嘘のように、静まり返る。
一瞬、時が止まったかのようだった。
そうした重苦しい雰囲気の中で、うんうんと明るく頷いているのは、教皇だけだった。
老教皇は周囲の重たい空気を振り払うかのように杖を一振りし、一歩、前に進み出る。
今にも、勇者マサムネとお姫様の婚姻を宣言しようとしていた。
傍らにある王様もお姫様も、居並ぶ群臣らも、習わしに従うしかない。
そういった状況だった。
が、ここで勢い良く面を上げる男がいた。
そうーー我らが勇者マサムネ、その人であった。
彼はみなに聞こえるように、大きな声で決然と言い放ったのである。
「いや。俺様は、こちらの世界の方々のために、魔王を討伐しただけだ。
そのような、過分な報酬は受け取れません」
そして、彼は片膝立ちの状態から、スックと立ち上がり、言い放つ。
「それに、もう報酬はいただいております」
教皇はキョトンとしながら、振り上げた杖の落とし所に悩んで、身を固くしている。
玉座にある王様は、もはや憂いに沈むのをやめ、驚愕の表情をして問いかける。
「なにをーーなにを与えたとういうのだ。
余はまだなにも……」
すると勇者マサムネは、マントを翻して後ろを向き、間近に控えていた女性ーー聖女リネットに向かって、明るい声をかけた。
「すでに、かの者ーー聖女様からいただきました。
わが生命を!」
そう言って、マサムネは、空になったポーションの瓶を、聖女様に向けて投げ渡す。
それから再度、振り返り、正面から王を見据えた。
「魔王討伐という依頼は果たしました。
もう俺様は、元の世界に帰還できますよね?」
なぜかマサムネは、気迫に満ちた光を両眼に宿している。
気圧されながらも、王様は、横にいる教皇に視線を送りながらも、ぎこちなくうなずく。
「う……うむ。
魔王の討伐が済んだ際、自動的に依頼が消える魔法を組んだーーと教皇様と魔法師団長が申しておった。じゃが……」
王の発言をみなまで聞かず、マサムネは意を得たりとばかりに、爽やかな笑顔を見せた。
「それでは。この世界に幸あれ!」
サッと右手をあげるや、シュン! と消え去った。
あっという間の出来事であった。
魔王を討伐した勇者マサムネは、国王をはじめとした王国の重鎮が居並ぶ空間から、一瞬で姿を消したのである。
残った人々は、呆気に取られるしかない。
謁見の間にいた誰もが、なにが起こったのか理解できなかった。
魔王を打ち果たした英雄を歓待し、褒美として王族に迎え入れるため、姫様との婚姻を約束しようとした。
その矢先に、突然、英雄たる〈勇者〉自身が、姿を消してしまった。
元いた異世界へと、立ち去ってしまったのである。
その颯爽とした振る舞いに、みなが感嘆した。
「なんと無欲な……」
嗚咽混じりの声が響いた。
聖女リネットが両手で顔を覆い、咽び泣き始めたのだ。
「まさに神様が、この世に遣わしたお方でした。
あの方こそ、神の使徒様です……」
教皇は無論のこと、王様も、依然として納得がいかない。
謁見の儀の最中に消失する人間になど、いままであったことがない。
王様は玉座で半身を起こしながら、口をへの字にした。
「なぜに、あのように急に帰還を……」
そこで、先導役勤めていた白騎士レオンが進み出る。
「王よ。無礼をお許しください」
彼は面を王に向けた。
その顔には滂沱のごとく涙が流れ出ていた。
「私が……お姫様に対しての想いを口にしたのを、勇者様がお聞きになられて……その結果……」
彼の告白を聞き、お姫様も口に両手を当てて涙を流す。
王は自分の娘と騎士、そして女性神官とが、咽び泣くさまを眺め渡した。
「なんじゃ。なにがあったのじゃ?」
居並ぶ貴族達も、ザワザワと騒ぎ始めた。




