◆48 マサムネのヤツ、メンタル、つよつよ過ぎんじゃん?
わが社のバイト、東堂正宗くんが、魔王討伐を果たし、王宮の謁見の間で、お姫様との婚姻を宣言されようとしている。
そんな異世界の映像を、喰い入るように見入っている六つの眼が、東京異世界派遣株式会社にはあった。
管理室には三人ーー僕、星野新一と、妹のひかりの他に、もう一人の派遣バイト・白鳥雛の姿があった。
彼女は、僕たち兄妹のように真面目に仕事をする気組みはなく、元々は映画鑑賞気分でモニターを覗き込んでいるだけだった。
映画館で席についたかのごとく、ポップコーンと炭酸ジュースを自前で用意して、映像を楽しむ用意をすっかり整えたうえでの参戦である。
ちょうどマサムネ君が謁見の間で王様に拝謁する場面から、彼女はモニター鑑賞を始めていた。
それにしても目敏い。
陰惨な場面ーー漆黒の森や荒地での戦闘シーンはまったくスルーして、キラキラした舞台からの見学だ。
さすがに煌びやかな王宮生活に憧れるだけある。
そして、彼女は多分に女性的ーーつまりは恋愛モードに敏感な感性をしていた。
白騎士が片膝立ちの状態で密かに涙を落とす場面を目にするや否や、白鳥雛さんはモニターを指差しながら声をあげた。
「ちょっと!? ヤバッ、これ、見て。
お姫様、あの騎士さんと恋仲になってんじゃん!?
絶対、ピュアな色恋じゃね?」
これまでの経緯を観ていないのに、よく人間関係を見抜いたものだ。
当事者のマサムネ君でも気付いてなさそうなのに。
「マジだよ、あれ。
あんなに哀しそうにしてんじゃん……」
異世界の王国人と同じく僕たち兄妹も、魔王討伐の褒賞として、勇者はお姫様と婚姻を結ぶことになっていることを知っている。
それが、この異世界の王国での慣例なのだ、と。
それは当然、その王国での常識なのだろう。
だったら、魔王が出現して討伐された暁には、お姫様にどれほど恋焦がれていても、その男性は想いを遂げることはできない。
魔王討伐を果たした勇者が、お姫様を攫っていくことになる。
そのことを、白騎士レオンもよく承知しているのだろう。
だから、今まで騎士には身分違いともいえる分不相応な恋心を姫様相手に抱いていたが、もはや諦めるしかない。
そう覚悟して、それでも思いの丈が溢れて、涙しているのだろう。
そして、そうした騎士レオンの心情を、お姫様も充分にわかっているようだった。
だから、レオンの泣く様を見遣って、憂いに沈んだ表情をしている。
たしか、白騎士レオンは、王族の近衛騎士として勤めていたはず。
ひょっとしたら、長らく姫様の護衛係でもしてたかもしれない。
だとしたら、お姫様とレオンの間で、なにか約束事でも交わしていたのかも……。
雛さんはポップコーンを口に頬張りながら、涙をこぼす。
「あのマサムネのバカに、教えてあげなきゃ、だよ……。
他人の恋路を邪魔すんじゃねぇって!」
僕は彼女の肩に手をのせて、首を横に振る。
「無理。逆効果だよ」
「私もそう思うわ」
妹のひかりも、僕の言葉に同意する。
でも、雛さんは納得しない。
悲鳴のような声をあげた。
「ざけんなよ! マジ、かわいそうじゃん。
両思いの仲を裂くなんて、アリかよ!?
マサムネのヤツ、メンタル、つよつよ過ぎんじゃん?」
雛さんは恋愛ドラマや少女漫画的展開を望んでいるのだろう。
とはいえ、今回のドラマの主役は、あの東堂正宗くんである。
彼の人となりは、いまだ短い付き合いながらも、かなりわかってしまった。
仮にあの白騎士さんとお姫様が恋仲だと知ったところで、傍若無人なナルシストである彼が、逆玉で王座につけるかもしれない機会を、棒に振るとは思えない。むしろ、
「あのイケメンから、お姫様を奪ってやったぜ!」
と、叫んで嬉々とする姿しか、目に浮かばない。
別にそのように解説したわけでもないが、笑って肩を竦めるだけで、僕の言わんとすることが、この場にいる女性二人にも通じたようだ。
僕たちは互いに視線を交わしたあと、いっせいに顔を曇らせた。
「ほんと、クズ男だわ」
「まあ、依頼は一応成功させたからね」
「マジかよ。
ホント、お姫様、ヤバくね……?」
それぞれの心の中に、言いようのない気持ちが広がった。
ところが!
モニターの向こうでは、思いもしなかった現象が展開し始めたのである。




