◆47 涙……? ひょっとして泣いてるのか!?
なにやら押し黙ってしまった、白騎士レオンさんと聖女様ーー。
そんな二人に先導されて、俺様、勇者マサムネは、王宮の豪華な廊下を進む……。
ーーうん。
緊張しないと言えば嘘になる。
だって、美貌のお姫様と、次期王の座が待っているんだもんね。
ワクワク、ドキドキだよ。宇宙レベルでね!
そうこうしているうちに、謁見の間に到着した。
荘厳に飾り付けされた鉄扉が開かれ、シックな装飾に彩られた大理石で設られた広大な空間が、目に飛び込んできた。
足下に敷かれていた赤い絨毯が広間の奥にまでまっすぐ伸びており、絨毯の左右には美麗に着飾った貴族や騎士たちが居並んでいた。
その只中を、俺は白騎士と聖女様を伴いながら進む。
絨毯が伸びる先、正面奥には、当然、玉座がある。
その上には、黄金の冠を頭上に戴いた白髪の王様が鎮座し、その傍らには、白い貫頭衣に帯状の金色の肩掛けをかける老人が立っていた。
おそらく教皇だろう。
あの老人は、玉座にある王様と二人で、俺様をコッチの世界に呼び寄せた依頼主というわけだ。
俺は白騎士と聖女様とともに、玉座のすぐ手前まで進んで、片膝立ちで頭を垂れる。
森から王都に至る道中、拝謁の儀における作法を簡単にレクチャーされていたけど、どんな世界だろうと身分が高い相手に対する接し方に、さしたる違いはない。
とにかく相手に最大限の敬意を払い、自らは腰を低く接すれば良い。
多少の作法違いがあろうと、充分に意図は察せられるはずだ。
王様ではなく、その傍らに立つ教皇が手にする杖を掲げて、高らかに声を張り上げた。
「異世界から訪れし勇者よ。よくぞ魔王を討伐してくれた。
この世界のすべての信徒に成り代わって礼を言う」
幸い、作法に問題はなかったらしい。
教皇様はひどくご満悦の表情を浮かべていた。
が、肝心の玉座に座る王様は眉間に深い皺を刻み、どこか意気消沈しているかのような表情だった。
そして「褒美を取らせよう」と消え入るように言って、顎をしゃくる。
すると玉座の脇で、教皇とは反対側に立っていた女性が俯いたまま、一歩前へと進み出た。
国王の娘さんーー文字通りのお姫様の登場である。
銀色のティアラを載せた頭は金髪で、綺麗な瞳は碧く輝いている。
頬だけではなく、全身が透き通るような白い肌をしており、その身体を、淡白な味わいの青いドレスが包んでいる。
水色の生地に銀色の刺繍が薄く入っており、スカート部分が渦のように巻かれ、裾に白いヒラヒラがついたドレスだ。
国王のお姫様としては派手さに欠けるが、これはこれでなかなか良い。
清楚な雰囲気が、全身から漂っている。
だが、お姫様の表情が暗い。
悲しそうな顔をしていた。
なんだ?
やたらと頬を紅潮させた教皇の爺さんはともかくとして、王様といい、お姫様といいーーまさかアイツら、あの女魔王と知り合いかなにかだったのか?
俺様は魔王討伐を果たした英雄だぞ。
そんな俺様に向ける視線が、憂いに沈んでるのはよろしくないだろう?
俺だけじゃなく、謁見の間の両脇に並ぶ貴族や群臣たちも、お姫様の沈んだ表情に気がついて、ざわつき始めた。
周囲の空気を無視して、朗らかな顔をしているのは教皇だけだ。
ただでさえ陰気だった王様も、改めて一人娘が気落ちしているのを察したとみえて、オロオロし始めた。
そして、近侍する側近に目を遣って、何かを促しているようだが、みな首を横に振るばかり。
(むう、どうにも居心地が悪い。
こんな辛気臭い雰囲気じゃ、褒められた気がしないじゃないか……)
俺は片膝立ちのまま、面をあげて周囲を見回して、落胆する。
が、改めて正面に目を向けたとき、洞察力に溢れた俺様は、気付いてしまった。
お姫様の視線が、よく見たら、俺には向いていないことに。
彼女は、勇者である俺ではなく、俺の右後方に控える男性に、視線を投げかけていたのだ。
(魔王討伐を果たした俺様を差し置いてーー誰が姫様から熱い眼差しを受けてやがんだ!?)
俺は彼女の視線を追って、振り向く。
お姫様の視線の先には、あの魔王討伐パーティーに所属し、王宮では先導してくれた、白騎士レオンさんの姿があった。
姫様の視線を浴びる一方で、レオンさんは片膝をついたまま頭を垂れ、顔を上げない。
よく見たら、全身を小刻みに震わせていて、彼の顔が俯く先ーー赤い絨毯の上には、いくつもの水滴が滴り落ちていた。
(涙……? ひょっとして泣いてるのか!?)




