◆46 あれ? 俺、なんかしちゃいました?
今、俺様、勇者マサムネが立っている舞台は、ファンタジーものの王道場面ーー王様のいる王宮である。
俺様は、魔王討伐を果たした英雄として、王宮に招かれていた。
王宮はおとぎ話に出てくるような瀟洒なお城だった。
同じお城とはいっても、魔王城とは随分と趣が異なっている。
真っ白な大理石で出来た床ーーその上に敷かれた赤色の絨毯の上を、俺、東堂正宗は〈勇者マサムネ〉として、堂々と胸を張って歩く。
横には金銀で装飾された柱が立ち並び、天井には画家によって精緻に描かれた天国情景が展開している。
(うん、子供向けの絵本に出て来るような、いかにもな〈お城〉だな……)
全く武張った設備がなく、廊下もまっすぐで、広い。
この廊下に出る前に控室や応接室など、いくつもの部屋に通されて、謁見のための正装に身支度をさせられた。
どの部屋も煌びやかに装飾されており、すぐにも舞踏会場に使えそうな雰囲気だった。
聞けば、この城自体が軍事施設ではなく、もっぱら来賓用の迎賓館として建設されたものらしい。
実際に、これらの部屋を用いて、祝賀会や会食が催されるようだ。
ま、どんな機会であれ、もてなしを受けるのは、いい気分だ。
俺様は、生来の王族か上級貴族にでもなったような気分になって、豪華な装飾を施された廊下を進み、謁見の間へと向かう。
「この度は、本当にご苦労様でした」
俺様の傍らで歩く、先導役の騎士が見知った顔だった。
「あなた様のお力で、魔王を撃退できました」
「あれ? 聖女と一緒にいた騎士レオンか。いつもご苦労さん」
〈漆黒の森〉でのパーティーでも、凱旋時に俺の馬を曳くメンバーでも、彼はいつも聖女様と一緒にいた。
彼女と一緒になって、俺の世話をしていた。
「私は本来、王族付きの近衛騎士なのです」
次の瞬間、明るく澄んだ声が聞こえた。
「そうなのですよ」
いつの間にか、俺様のすぐ後ろに、女性神官ーー聖女リネットがいた。
ほんとこの二人、いつもいつも気配を感じさせないな。
忍者か盗賊のスキルでもあるんじゃないか?
「白騎士レオン様には、私の護衛役として、特別に魔王討伐パーティーに参加してもらったんです」
「なるほど。じゃあ、めでたし、めでたしじゃないか」
「はい」
柔らかに微笑む聖女様。
ふと見れば、右腕に包帯がしてある。
治癒魔法を受けたうえに物理的治療も施されたというのに、まだ傷がある。
つくづく俺様が影悪魔に斬られなくて良かった。
まあ、俺の代わりに斬られたようなもんだから、彼女にも労いの声ぐらいはかけてやるべきだな。
「もう腕は大丈夫なのか?」
「お気遣い、ありがとうございます。
おかげさまで、あとは静養するだけで良いと医者が申しておりました」
実際、影悪魔の毒はそれなりに強かったが、魔王の爪に仕込まれていたような、魔法が込められた精神毒ではない。
普通の治癒ポーションで対応できるものだった。
もっとも、体内に普段から聖魔法が宿されている〈聖女様〉でなければ、即座に絶命していたであろうが……。
そういった旨を、淡々と彼女は語ってくれた。
「そうなんだ。それは、よかった」
俺様は陽気に応え、
「ほんと、無事で良かったよね!」
と同意を求めようとして、先導する白騎士に目を向けた。
(うん?)
横顔に目を遣って、ようやく気づいた。
めでたいはずなのに、騎士のレオンさんは哀しそうな顔をしている。
「どうした? 魔王討伐したのに、嬉しそうじゃないね」
「すいません。私が叶わぬ恋心を抱いておりましたので……」
「へえ~~」
言いにくそうに応える騎士さんの表情に、そそるものがあった。
イケメンが苦渋に満ちた顔をすると、どうしてこうも俺の心が爽やかになるのだろう。
とにかく、突っ込んでやるか。
恋バナでのお約束だし。
「誰? 相手は?」
騎士に近づいて、後ろに目配せしながらささやいた。
「あの聖女様じゃないの?」
「ち、違います!」
騎士さんは顔色を変え、慌てて否定する。
後ろを振り返ったら、聖女様は顔を赤らめながらも、首を横に振っていた。
意外だ。
「ありゃ。お似合いだと思ったんだけどな。
レオンさんモテそうじゃん。イケメンだし」
コホンと一つ咳払いをし、無理に平静を保つ風情で、騎士は答えた。
「いえ……私が想う女性は、私などにはもったいないお方で……最初から叶わぬ想いだと諦めております。
習わしですから……私は身を退かざるをえないんです。
正直、あなた様が羨ましくて、死にそうなほどですが……」
あれ? ここでどうして俺様が絡むんだ?
羨ましくて、死にそう?
なんだか、わけがわからんが……。
ま、失恋した男ってのに、イケメンもブ男もないわな。
俺は騎士さんの肩をポンと叩いた。
「ま、頑張れ。
俺もよくフラれたからわかるけど、いずれ良いこともあるさ」
「あると良いのですけど……」
重く沈みこむ騎士レオンを、聖女様が憐れみの目で見つめる。
あれ?
俺、なんかしちゃいました?
空気重いよ。
明るく元気にいこうよ!




