◆45 でも、あんなにクズなヤツよ!?
ーーまた、通信を切られてしまった。
僕、星野新一は、苦虫を噛み潰したような顔をする。
(ほんと、マサムネ君は好き勝手だな。
まあ、指示待ちだけのヤル気ないバイトよりは、マシかもしれないけど……)
それにしても、あの国は代々、魔王を討伐した勇者を、国王に迎えていたとはね。
知らなかった。
でも、僕が交渉した、あの王様が元勇者かもしれない、とは意外だな。
始終、煮え切らない態度だったけど……あ、そうか!
よく考えれば、やっぱり、あの王様が、元勇者とは限らない。
親とかお祖父さんとかが、勇者だったかもしれないし。
そんなことより……困ったな。
初仕事早々の派遣バイト君が、異世界居残り組になるかもしれないのか……。
モニターで流れた音声から知ったけど、魔王を討伐した勇者が、褒美として姫君を娶る習わしとなっているとは初耳だった。
それはいいとして、まさかマサムネ君が王様になることを望むとは思いもしなかった。
でも、あのマサムネ君だから、やっぱり自分に有利な方へ飛びつくよな。
王様の位が手に入るなんて、男の夢だもんな。
気持ちはわかるよ。うん。
異世界で、王宮暮らしかーー。
夢のまた夢だ。
ほんと、うらやましい。
ーーが、それより、問題は今現在のことだ。
我が社のバイト君が、初仕事で、一国の王様に即位してしまう。
良いのか、それで!?
妹のひかりはもちろん、納得できないらしい。不満そうだ。
「だって、あんな無責任で自分勝手な男が、王様になるなんて。
向こうの世界の人たちが、可哀想よ。
マサムネ君を早く地球に戻せないの?」
僕は殊更に冷静ぶって、紅茶を口にしながら応える。
「無理だよ。本人の同意がないと」
本当を言えば、依頼主の許可も必要だけど、今は関係ない。
というか、依頼主は教皇と国王ってことになるけど、魔王討伐を果たしたんだから、教皇はそれで依頼解除だろうし、もう一人の依頼主は国王自身だ。
もっとも、より正確に言えば、王国の軍部とか魔法師団なんだそうだけど、王様自身が自分の娘の婿に勇者を迎えようとしてるんだから、軍部や魔法師団でも反対できるはずもない。
つまり王国は、魔王討伐に成功した勇者マサムネを、手放さないだろう。
そもそも、どっちにしても、仕方ないじゃないか。
だって、勇者と姫様を結婚させるのは、代々続いた王国の習わしだっていうんだから。
でもそう考えると、依頼交渉のとき、王様の影が薄かったのも、うなずける。
この〈勇者による魔王討伐〉依頼が成就すると、愛娘が異世界人に奪われるーーもっと言えば、国自体が乗っ取られるも同然なんだから。
そうと知っているがゆえに、王様は気落ちして、暗くなっていたのかもしれない。
ーーうんうん、娘の父親ってのは、哀しいもんだね。
そう思いながら肩をすくめる僕に対し、妹が食ってかかる。
「だったら、あのマサムネ君が、このまま王様になってもいいの?」
「う~~ん、まあ、ハッピーエンドって思うしか……」
「でも、あんなにクズなヤツよ!?」
うん。妹が憤慨するのも、もっともだ。
たしかにマサムネ君はそれなりに頭が回るが、碌でもない性格をしている。
自分可愛さに治癒ポーションを聖女様から奪うわ、聖女様が死にそうになってもポーションを返さないし、魔王が女とわかったとたんに寝返ってヒモになろうとするし……。
でも、だからといってーー。
僕は妹にまっすぐ顔を向けた。
「仕方ない。こちらからは何もできないよ」
「ほんと、私たちって無力なのね。上司なんて名ばかり……」
妹はまだ言い足りない雰囲気だったが、言葉を飲み込んだようだ。
妹がどんなにヤキモキしようと、マサムネ君がいる異世界では、事態は着々と進展している。
現に、異世界での時間は再びスキップし、モニター映像では、すでに朝日が射す翌朝になっていた。




