◆44 よし。今度こそ、うまくやってやる! 俺様は遠慮しないぞ
俺、勇者マサムネは、派遣元の東京本部との通信を再開して、聖女様との関係を回復するためのアドバイスを貰おうと試みたが、失敗した。
俺様の上司のくせして、星野ひかりの方が、一方的に通信を切りやがった。
まったく、責任感ないな……。
でも、実際に、大恩ある聖女リネットに馬を曳いてもらってるのは、俺様である。
魔族の攻撃から、彼女によって、身を挺して護ってもらったのも俺様である。
たしかに、勇者としては軽々しく頭は下げられんが、上司兄の新一が言うように、感謝の念ぐらいは彼女に表明しておかねばならん気がする。
実際、治癒ポーションを貰ったおかげで、俺は助かったんだし。
ーーでもなぁ……。
魔族に殺された人々の仇討ちをしてやったんだから、チャラってことにはできないものか。
そんなことを、あれこれ考えていたせいで、思わず本音が口をついて出てしまった。
「魔王を討伐したんだ。喜んでくれるかと思ったんだけど……」
この嘆きの言葉を、聖女リネットがしっかり耳にしたらしい。
彼女はそのまま騎乗する俺に寄り添って歩いていたが、俯き加減に、消え入るような声で応えた。
「もちろん喜んでいます。
……いえ、いくら感謝しても感謝し足りないぐらいだと、思っております。
すべての人類に成り代わって、お礼を申し上げます」
ふむ。
まさか、俺の失言を耳にして、向こうの方から礼を言われるとは思わなかった。
いくら俺様が魔王討伐を果たした勇者だからって、俺様が騎乗して、女性神官を徒歩で随伴させるなんて、現代日本じゃ有り得ない話だから、ちょっと気が退けていた。
が、ここはこっちの世界の常識に添う形で、勇者らしく気丈に押してみることにした。
「だったら、どうして黙ってるのかな……?」
さらに顔を紅くさせて、彼女はささやいた。
「恥ずかしかったからです」
「恥ずかしい……?」
当惑した俺に、聖女様は意を決したように顔を上げて、声をあげた。
「私たちには報されていなかったはずですがーー勇者様は、援軍が派遣されてくることを、ご存じだったのですね。
だから、負傷した私を相手になさらなかったーーと、今ではわかっております。
さすがは異世界からいらっしゃった勇者様です。
〈予知〉能力を発揮なさったんですね」
聖女様の、ウルウルして見つめる瞳が眩しい。
俺様は慌てて、顔を逸らしてうそぶいた。
「お、おう。まあな。〈察知〉ってやつだ。
そういう能力があるんだ」
嘘だけどな。
「やはり。さすがは勇者様ですね。
私、不覚にも、見捨てられたと思って、神様にお祈りしてしまいました。
お許しください」
「うむ。許す」
「ありがとうございます。勇者様」
彼女の瞳は、キラキラと輝き、ジッと俺を見つめた。
俺様の胸の鼓動は高鳴った。
だから、素直に言えた。
「おかげで、助かったよ」
聖女様は、慌てたようにブンブンと頭を横に振る。
「いえ、こちらこそ勇者様のお役に立てて嬉しいです。
神様が祝福してくださったのですわ」
ああ、聖女様って、ほんとに優しい。
そう気づくと、あの魔王が余計に裏切り者の淫乱女に思えてきた。
そうだよ。
あの女魔王、はじめっから舌で唇を舐め回して、妖しく眼を光らせていた。
あれは猛獣が獲物を見定めた眼だ。
今なら、よくわかる。
あんな女を良いオンナと思っていたんだから、俺様もよくよくお子ちゃまだったな。
やっぱ、女は清楚系に限るな、うん。
あんな魔王なんかと結婚しなくて良かった……。
そんなことを思い巡らしていたので、つい口走ってしまった。
「なあ、聖女さんーー俺と結婚しないか?」
その時、俺様は馬上から聖女様の顔をまっすぐに見据えていた。
俺様を見上げる格好になっていた聖女様はというと、すでに顔を紅くさせて瞳を濡らしていたが、いまや口に手を当てて両目を見開き、全身を小刻みに震わせていた。
相当、ショックを受けているみたいだ。
が、そんな聖女様の返答よりも早く、脳内に甲高い声が鳴り響いた。
「血迷うにも、ほどがあるわよ!
ほんと、懲りない男ね!」
星野ひかりが怒声を放ってきたのだ。
俺様は小声で言い訳した。
「いや、だってさ。
結婚を約束した魔王よりも、聖女様は良いオンナだなぁと思ったらさ、つい……」
「考えなしに、思ったことをすぐに口にするんじゃないわよ。
あんたは子供か!?
ーーいえ、今ドキの幼児の方が、あんたよりは気を使うわよ」
そんなこと言っても、口を突いて出ちまったものは、仕方ないだろ。
それに、聖女様だって子供じゃないんだ。
こっちの世界では、異世界モノの定番ってやつで、十五歳になると成人扱いなんだろ?
そういやあ、こっちの世界の神官ってのは、還俗できるんだろうか。
聖女様はたしか「神官」だったよな。
神官の身分のままで俺と結婚するのは、色々と障害も多いだろう。
とにかく、還俗できなきゃ、彼女と俺は結婚できないな。
いや、待て待て。
地球の歴史でみたって、聖職者でも異性と結婚して子供をもうけることができたりする時代もあるんだよな。
現代日本の坊さんや、プロテスタントの牧師さんなんか。
今では妻帯が禁止されてるカトリックの司祭だって、妻帯OKだった時代もあったし、現に子供を持ってた教皇すらいたんだよな、たしか。
そうか。良いこと思いついた。
だったら、魔王討伐を果たした勇者の権限ってやつで、聖女様に還俗を命令したらどうだろうか?
よくわからんが、王様とかの偉いさんが、彼女の還俗を認めてくんねえかな……。
ーーなどと、ツラツラと考えていたが、全くもって要らぬ思案だった。
騎乗する俺様の足元近くで、聖女様が恥じらいながら、
「ありがとうございます。
私ごときに、そのような嬉しいお言葉を」
彼女の顔を見ると、瞳が涙で潤んでいた。
「でも、魔王を討伐なさった勇者様は、お姫様を娶って、次代の王様となるのが習わしです」
「え! まじ? 宇宙レベルで嬉しいんですけど!」
またもや、思ったことが口を突いてしまったが、実際、驚いたんだから仕方ない。
聖女様は涙を流しながらも、口元では笑顔を造っていた。
「お姫様はおきれいですよ。
しかも、人格も素晴らしく、尊いお方です。
お母様であるお后様が幼少の頃にお亡くなりになりましたが、以来、あたかも国母のごとく父王陛下とともに慈愛に溢れた治世を行ってくださいました。
〈まるでホンモノの聖女様のようだ〉と国民のみながおっしゃっております」
そう言ってから、彼女は俯いた。
なにを思っているんだか知らないが、身体を震わせ、なにかを我慢しているようだった。
が、その一方で、俺様は歓喜の念で口許を綻ばし、空を見上げた。
(よし。今度こそ、うまくやってやる!
俺様は遠慮しないぞ)
現代日本的な常識に縛られることなく、好きにやらせてもらおう。
そうだよ。
たしかに、俺様は人間なんだから、魔族の頂点に立つってのには、やっぱり違和感があったんだ。
魔王やるよりは、人間国家の王様なんだよ、相応しいのは。
うん。悪くない。
そう言えば、この国の歴代の王様が、元勇者だって耳にしたような……。
ーーってことは、姫様の父親である王様も、勇者出身かもしれないってことだろ?
だったら、なんの障害もなく、スムーズに事が運ぶんじゃないのか?
俺の履歴というか、異世界からの出自だろうとなんだろうと、誰からも姫様との婚姻を邪魔されないんじゃないの?
だったら、うまくいくんじゃねえの?
宇宙レベルの婚姻が。
今度こそ、完璧な逆玉だ。
たとえ姫様がどんなオンナだろうとーー俺の趣味じゃない顔だろうと、体型だろうと、構うものか。
なに、金と王位と結婚するのだと思えば、少々の不満は耐え忍べる。
第一、王に即位してしまえば、側室ぐらいは何人も持てよう。
だったら、しばらくの辛抱だ。
いずれは、オンナがよりどりみどりってことだ。
女性に対する趣味嗜好は、その期に果たせばいい。
うん。決めた。
必ず、今度のチャンスは、モノにしてやる!
そのためにまずは、邪魔立てをする言葉が、脳内で反響しないようにせねば……。
プツン。
改めて、こちらからの、本部との通信を切断する。
先程、通信を切ったのは星野ひかり(向こう側)だったが、念押しとばかりに、こちら側でも通信OFFにしておいた。
いちいち、彼女にガタガタ言われたくないもんな。
俺様は自由なんだ。
魔王を討伐した英雄〈勇者マサムネ〉として、自由に生きてやるんだ!




