◆38 俺様は強い勇者なんですから。宇宙レベルで、使い道はありますから!
女魔王から共闘を呼び掛けられ、俺様、勇者マサムネが、すっかりその気になっていたところを、いきなり攻撃された。
女魔王の毒爪が、俺の脇腹を抉ったのである。
俺は彼女の居場所から距離を取って、叫んだ。
「ち、ちくしょう! なんだよ、俺様を裏切ったのかっ!?」
全身に激痛が走り、前屈みになる。
腰の位置が定まらないかんじだ。
剣を抜こうにも、腹が痛くてかなわない。
剣を持つべき手を脇腹の傷口に当てて、歯を食いしばり、魔王を睨み付けた。
対する女魔王も、こちらを睨み返していた。
俺を見る彼女の両眼には、今までには見られなかった侮蔑の色がクッキリと浮かび上がっていた。
「愚かな。妾が人間ごときとつがうわけなかろう。
これじゃから人間種の男性は、あつかいやすくて助かるわ」
「……なっ!? 騙したなーー」
俺は顔が熱くなった。
恥ずかしさで紅潮したのだ。
(ちくしょう。ちょっと美貌だからって、卑怯なマネをしやがって。
これだからオンナは!)
憤慨する俺を嘲笑うように、女魔王はゆっくりとソファから立ち上がり、紫の唇を赤黒い舌で舐め廻す。
その動きに呼応して、周囲のオンナどもも、いつの間にか俺の背後に回っていた。
そして俺の手足を掴み、羽交締めにして、身動きを取れなくした。
絶体絶命のピンチだ。
こんな結果に陥るとは!
異世界に転送する前に占いをしてたら、間違いなく〈女難の相〉でも出てたに違いない。
それでも、役得もあった。
オンナたちが背後や側面から身体を密着させてくれたおかげで、柔らかい胸や肌の感触を楽しめた。
だがーー。
(俺様の上半身を、無理にピンと突き立たせるのはやめてくれ。
腹の傷口が開いて、痛いじゃねえか……)
俺は苦痛に顔を歪める。
オンナは、オトコの表情の変化を見逃さない。
「ふん、さすがは勇者ってとこか。驚くべき回復力だねぇ」
女魔王は前屈みとなって、面白そうに俺様の腹の傷口を覗き込む。
(しまった。気づかれた!?)
体内に埋め込まれたナノマシンが働いて、傷口を修復し始めていた。
激痛が電撃のように走ったのは傷を負った直後だけで、今ではかなり痛みが沈静化している。
そうなのだ。
ナノマシンのおかげで、物理的な攻撃による損傷に関しては、自動修復してくれる。自己治癒力が半端なく働くのだ。
とはいえ、ナノマシンが直せるのは、物理攻撃による衝撃だけだ。
精神攻撃や魔法攻撃による損傷に対しては無力らしい。
ということは、魔王の爪によって裂かれた腹は回復していくんだろう。
現に、痛みは緩和してるし、敵である魔王が、肉眼で俺の身体の傷口が修復してるのを目撃している。
だったら、爪による損傷は問題ない。
今感じる痛みは、魔王の爪から滲み出ている毒による被害なはずだ。
(まさか、この毒ーー魔法か何かが込められてるのか?
だとしたら、ナノマシンによる回復が効かないかも……)
俺は全身に冷や汗を掻く。
内心、焦りまくっていた。
それを的確に読み取り、女魔王は、豊かな胸を揺らせて哄笑した。
「馬鹿だね。
其方が脅威的な肉体回復力を持つのは、今までの多くの魔族たちの犠牲によって、明らかになっていたわ。
だから、妾の毒の出番だったのだ。
妾の毒は神経毒。
しかも、魔法効果を宿した高位魔族独特の毒物で出来ておるのじゃ」
俺は絶望した。
(なんだ、その念の入りようは。
あたかも、俺の付与設定やナノマシンの効果を知り尽くしたかのような対応じゃないかーーああ、そうか!)
俺はここでようやく、ピンと来た。
たしか、星野ひかりが言うには、今までに俺の先達が、何人もこの世界へ派遣されてきたそうではないか。
その先輩勇者たちが残した事績によって、魔族側では、とうの昔にナノマシンの効用を知られていたんじゃないのか!?
いや、目の前の女魔王が、前回の派遣者を相手取って直接対決して、生き残った可能性すらあり得る。
俺は血の気を失い、ガタガタと身を震わせる。
(死にたくねえーーこんな、怪しげな異世界なんぞで。
このまま亡くなったんじゃ、こっちでも東京でも、誰も俺様の墓なんか立ててくれない……)
俺様が不覚にもガタブルになってるのを、オンナどもが身体を密着させたままに嘲笑う。
うふふ。
あはは。
おほほほ……。
憐れみを含んだ甲高い笑声が、俺の周囲で鳴り響く。
そんななか、女魔王は俺の正面に立って、指を揃えて突き立てた。
五本の指の先端には漆黒の爪があり、そのいずれもが俺の血で紅く染められていた。
俺はその爪を目前にして、固唾を呑んだ。
女魔族どもによって羽交締めにされて、身動きが取れない。
その状態のまま、女魔王はさらに毒爪で俺にトドメを刺すつもりだ。
「これで終わりじゃ。
其方の心臓を貫かせてもらう。
最期に言い遺すことでもあるか」
俺は涙を流して、無様に命乞いをした。
土下座しようにも、羽交締め状態なのでできない。
でも、精一杯、涙目になって、敵の女に向かって懇願した。
「お願いします。結婚してください。
俺、魔王になりたいんです」
女魔王は口で返事しなかった。
笑みを浮かべたままハイヒールの靴で、思いっきり俺の顔を蹴りあげた。それが返事だった。
やはり、魔王と勇者は共闘できないものなのか。
俺は頭を地面に打ちつけて、這い蹲る。
「魔王様、もう一度、よく考えて下さい。
俺様は強い勇者なんですから。
宇宙レベルで、使い道はありますから!」
勇者による屈辱的懇願であった。
が、その願いは女魔王の耳には届かなかった。
彼女は害虫を退治するかのように、眉をひそめたまま、思いっ切り肘を伸ばし、俺の心臓目掛けて爪を突き立てた。
「大勢の仲間、眷属の仇! 死ね、勇者!」




