◆37 美しいものには棘がある。そして、美しい魔王にはーー
俺、勇者マサムネは、女魔王からの指摘ーー
「ハーレムを築くためには、まず人間の国家を攻める必要がある。
〈勇者〉である其方が、同族である人間を隷従させないことには、思うように人間の女を狩ることはできんぞ」
という言葉を耳にして、闇から石礫でも当てられたように、目を丸くした。
たしかに、人間の女性でハーレムを作ることは〈異世界モノ〉の主人公にとって、なかばお約束みたいなもんだ。
だがしかし、魔王として好きに人間女性をチョイスできるようになるには、まずは人間たちを魔王に従わさなければならない。
当然、コッチが魔王として人間支配に乗り出すと、人間たちーー国家の軍隊や騎士団なんかが抵抗してくるに違いない。
戦争にもなるだろう。
ーーだけど、それがどうしたってんだ?
もとより、ここは異世界。
俺様がいた世界とは別の世界だ。
ってことは、同じ「人間」とはいっても、別の「人間」と言えまいか?
同じ人類種ってことになってるけど、地球人とはまるで異なる進化を遂げているかもしれない。
つまり、ここの現地人を、見た目の容姿を理由に〈人間扱い〉してやる必要はないかもしれんーー。
当然、〈勇者〉として派遣されてきた任務をまるっきり放棄する格好になるが、魔王を娶って、さらに自らが魔王となろうとしているんだ。
契約書なんか反故紙同然で、鼻でもかんじまえば良いーー。
「そうだな。俺様はこれから魔王になるんだからな。
人間国家を攻め滅ぼしても、何の問題もない。
そうしたら、王女だろうと、姫様だろうと、神官女性だろうと、俺様の思いのままだ」
俺の返答に、女魔王は「よくぞ申した」と満足げに相好を崩した。
「されば、魔族どもを戦争に動員することができよう。
種族同士の小競り合いを解消し、人間どもを狩るのに興じさせることができるわ」
俺は深呼吸とともに瞑目し、自らに言い聞かせた。
ーーうん、これで魔族どもを働かせる甲斐があろうってもんだ。
種族同士の縄張り争い?
なんだ、そんなもの。
たいした問題じゃないだろ。
そいつは、いまだ人間界を征服していないから、狭い利権を巡って食い合ってるに過ぎない。
もっと、広い、大きな利権ーー人間国家の征服ーーを手に入れれば、どんな種族同士でも棲み分けが可能だ。
実際、魔族は見たところ、その性質や習慣を大いに異にしている。
蝙蝠や竜、骸骨が、狭い範囲で共生する必要なんてないんだ。
狼だろうと熊だろうと、鳥の化け物だろうと、力があるんなら、なんでもござれで軍勢の中に組み入れてやる。
要は、人間どもを蹂躙出来れば、それで良いんだよ。
もっとも、オンナは生かしておいた方が良いし、労働力を確保するためには、オトコどもを殺すのも、ほどほどにした方がいいけどなーー。
ーーふむ。なんだろうな。
異世界に来たからだろうか。
元の日本で生活していた時とは比較にならないぐらい、大胆で残酷なことを平気で考えるようになった気がする。
相手が魔物や魔族とはいえ、随分と戦って倒したから、生き物の生命を絶つことに躊躇しなくなったのか。
それとも、人に隔絶したチート能力を得たから、有象無象を相手にしなくなったのか。
とにかく、こっちの世界でなら、俺様は平気で魔王として振る舞えそうだぜ。
俺は拳を強く握り締めて、ガッツポーズを取った。
(よし。悪くない。魔王生活をエンジョイしてやる。宇宙レベルでな!)
これからのハーレム形成のために、行き掛けの駄賃のように、人類国家を滅ぼす算段をし始めたところ、いつの間にか女魔王が、俺様の傍らに座っていた。
ボンテージ・ファッションを纏ったオンナの身体が、色香を放ちながら、深々とソファに沈み込む。
彼女は湿った唇を近づけながら、俺が手にする杯に酌をした。
それから、身を寄せ、胸を押し付けてくる。
いきなりのサプライズ展開ーーリア充サービスだ。
だが、女慣れしていない事実が、俺の振る舞いに影を落としていた。
「や、やめろよ!」
と、いったん女魔王の身体を押し退けてしまった。
俺は心臓をバクバクいわせながら、思考を巡らせた。
俺様は正直言って天才だが、女性の扱いだけは長けてないんだ。
それにしても、魔族のくせに良い匂いがするじゃねえか。
魔族の世界にも、香水とかがあるのか?
それとも、魔族の雌としての体臭とかホルモン分泌とかか?
なんにしても、芳しい。
クラっときちまう。
ひょっとしてこの女魔王、淫魔なのかもしれん。
だったら、早速、面倒見て貰いたい……。
ーーそんなことを、俺は支離滅裂になりながらも、考えていた。
だが、そのときであった。
いきなり生命の危機が肉迫してきたのは!
正直、俺様は浮かれていた。
それは認めざるを得まい。
剣の柄から手を放し、酒を満たした杯を片手に瞑目しながら、独りでウンウンとうなずいていたんだから。
それこそ、俺様ーー勇者マサムネは、魔王を前にしながら、隙だらけな状態だった。
まさに、勇者にあるまじき失態。
ゆえに、そこを突かれたーー。
「ぐわっ!」
いきなり、俺は脇腹に強烈な痛みを感じた。
思わず杯を床に落とす。
視線を下におろすと、横っ腹が真っ赤に染まっていた。
俺は呆然として視線をあげ、隣に座っている、将来の妃となるはずの女魔王の顔を見詰める。
彼女は相変わらず妖艶な笑みを浮かべていた。
が、先ほどとは違って、両眼を輝かせ、勝ち誇った表情をしていた。
そして彼女は自身の手を上にあげ、俺に見せつけた。
指には鋭い真っ黒な爪が伸びていて、そいつが深紅に染まっている。
紅い液体が彼女の手首から、ソファの表面にまで滴り落ちていた。
「ふふふ……。
どうじゃ。痛かろう。痺れも来とるかえ。
ーー妾の爪には生来、毒が滲み出ておってな。
手掴みでモノを食うのには不便じゃが、貴様のような愚かなオトコを殺すには、ちょうど良い按配になっておるわ」
そうーー俺様、勇者マサムネは、妖艶な女魔王に隙を突かれ、毒爪で脇腹を突き刺されてしまったのである。




