◆36 覚悟はあるかえ?
魔王と勇者の共闘ーーなんと喜ばしい状況であろうか。
本来なら不倶戴天の仇同士が、手を組むだけでなく、あまつさえ婚姻まで結ぼうというのだ。
将来のハルマゲドンを回避する、なんとも平和的な解決手段!
ーーそうと決まれば、あとは行動だ。
異世界派遣バイトたる俺、東堂正宗は、念を込める。
元の世界、日本東京の本部に向けて、さっそく近況を報告することにしたのである。
今まで交信を絶っていたが、いかに自分が派遣バイトであり、臨時雇われの身であっても、社会的責任ぐらいはわかってるつもりだ。
本来、俺は〈異世界からの勇者〉として、この世界へ派遣されてきた。
そんな俺様が、討伐すべき魔王と出来てしまって婚姻を結ぶということは、明確な依頼無視ーー契約違反となるだろう。
ーーといっても、本音を言えば、もともとたいして良い条件での雇用でもなかったんだから、この程度の横紙破りは、許してもらいたいものだ。
俺は通信経路を回復させると、単刀直入に切り出した。
相手が星野兄妹のどちらであろうと構わない。
一方的に、大声で宣言した。
「俺、この世界に残るから!」
正直、向こうの反応を窺うつもりは、毛頭なかった。
とにかく、一方的に、俺様が女魔王と結婚して、この世界で新魔王として君臨することになった経緯を、掻い摘んで話すだけだ。
だって、考えてもみろよ。
こんな好都合、捨て置けるか!?
派遣社員ーーいや派遣バイトの身分から考えたら、驚きの出世だ。
異世界とはいえ、世界支配を目論む王様ーー魔王になろうってんだ。
祝福してくれたって、良いぐらいだ。
俺は本気で、そう思っていた。
ところが、返ってきた答えは、じつにすげないものだった。
「バカ! 依頼を果たしなさい。
あなたは魔族じゃない。人間でしょ!?」
また、あの妹のキンキン声だよ。
依頼ってなんだ。
まさか、魔王討伐か!?
冗談だろ?
こんな良い魔王を殺せるものかよ。
俺は自分の考えを正直に吐露した。
「でも、理想の生活じゃね?
俺様はこのままでうまくいきゃ魔王ーーヘタこいてもヒモ生活!
〈選択的ヒキコ〉からの成り上がりだ!」
実際、俺はこのとき、我を失っていた。
ーーうん、正直に、それは認めよう。
だって、仕方ないじゃないか。
逆玉で、魔王としてこの世界で君臨し、大勢の家臣に傅かれるんだぞ。
民主国家の現代日本では、考えられぬ境遇ーー好待遇だ。
俺は顔を紅潮させながら、自分を成功に導いてくれる女神ーーいや、玉座に座る魔王を見上げる。
俺の視線を受け、女魔王が脚を組み替えながら、身を乗り出す。
「其方は女が好きか?
妾は構わぬぞ、何人囲っても」
「な、何人もって……」
「決まっておろう。側室じゃ。
男は女と違って便利じゃからな。
女の腹を使って、何人もの後継者候補を産むことができる」
心底、驚倒した。
なんと、女性のーーしかも、妻の立場になる女から、〈側室を迎え入れて子を成せ〉などと言ってもらえるとは。実に有難い。
令和日本を遠く離れた異世界にマジで来てたんだ、と俺は痛感した。
「そうだよな。血統を絶やさぬようにせねば。うん」
「ふふふ、そうじゃな。
一応、男女どちらであろうと、妾との間の子供が、王位継承権を優先させて貰うがな。
スペアは幾つあっても良い」
「ああーーあんまり、スペア、スペアって口にするなよ。
第一後継者以外の子供にトラウマを造ってしまう」
「うむ? なんじゃ、実例でもあるかのような口振りじゃな」
「まあね……」
俺は努めて平静を装っていたが、内心では歓喜に打ち震えていた。
(よっしゃ! 魔王の奥さんから許可を取ったぞ。
俺様はこれから毎日旨いモノ食って、後宮に美女を掻き集めるんだ!)
女魔王は興奮する〈勇者〉を眺め下ろして、艶然とした笑みを浮かべた。
「其方、相手はどのようなのが好みじゃ?
魔族には肌の色も角や翼のありようも、いろんな者がおるでな。
ーーああ、其方は人間じゃから、同族が好みかえ」
「そうだな、俺様は人間だし、人間のオンナも大勢モノにしたいな。
後宮には人間の女性を迎えてやろう」
「ふむ。人間の女を好きなだけ刈り取って、後宮に集めたら良かろう。
侍女や奴隷としても、使い手はあるでな。
じゃがーー覚悟はあるかえ?」
「覚悟?」
「ハーレムを築くためには、まず人間の国家を攻める必要がある。
〈勇者〉である其方が、同族である人間を隷従させないことには、思うように人間の女を狩ることはできんぞ」




