◆35 魔王からの魅力的な提案ーーこれはまたビックリな、宇宙レベルの取り引きじゃねぇか!
俺、勇者マサムネは、手にした酒を一気に飲み干し、ソファから立ち上がった。
「良き待遇に感謝する、魔王よ。
それにしても残念だ。
あなたのような美しい女性と戦う運命にあるとはな!」
そう言って剣に手をかける。
そんな俺に、女魔王は問いかけてきた。
「そうじゃな。妾も残念じゃ。
其方は強い。
たった独りで、蝙蝠族や竜騎兵、さらにはアンデッド軍団までをも退けるとは。完全に計算外じゃ」
「たしかに、全軍投入は正しい判断だった。
俺様を前にして、兵力分散は愚の骨頂だからな。
あんたは間違っちゃいない。
ただ単に、俺様が強過ぎたのだ」
剣を抜いて言い放ったあと、俺はさりげに本音を漏らす。
「ーーでも、蝙蝠どもや竜騎兵はいただけない。
兵力を小出しにしたうえに、俺様から返り討ちに遭うとすぐさま逃げだした。
もう少し踏ん張って、スケルトン歩兵と一体になって襲ってきたら、打つ手なしだった」
そしたら、魔王は玉座から降り、俺様の許まで歩み寄ってきた。
そして、それまで侍っていた女たちをさがらせ、自らソファに腰掛ける。
そして、手招きして、俺に隣に座るよう誘う。
(な、なんだよ。座れってか?
調子狂うな……)
取り敢えず、俺は剣を納める。
そんな俺を見上げる格好で、女魔王は妖艶な笑みを浮かべた。
酒を満たした杯を、俺の方に掲げながら。
「そうじゃな。
じゃが、仕方ない。
あいつらがそれぞれ、仲が悪いゆえ」
魔族にもいろいろあるらしい。
俺は改めてソファに座り直す。
女魔王に酌をしてもらいながら、何杯も魔族界の名酒を平らげた。
訊けば、竜騎兵を率いる竜族とアンデッドは、縄張りを巡って何百年も争い続けており、仲が悪いらしい。
さらに蝙蝠族は、まさに種族名に相応しく、竜にもガイコツにも尻尾を振って、結果、両勢力から軽蔑されて嫌われているとのこと。
そんな仲の悪い種族を束ねて、人間社会界隈にまで侵攻し、植民するよう、魔族本国から命令を受けたのが、彼女ーー女魔王だったそうだ。
魔王として派遣されたものの、彼女も正直、困り果てていたという。
そうした魔族の事情を耳にして、俺はかつて聖女から聞いたことを思い出した。
「あれ? たしか魔王って、人間の魔法使いによって召喚されたんじゃなかったっけ?」
そう訊いたら、人間と契約するのはコッチの世界にやって来るための手段に過ぎず、魔族は魔族の事情があって、転移して来るのだという。
(おや、なんだか、俺様の境遇と似てるな……)
東京異世界派遣会社も、営利目的という事情があって、俺様をこんな異世界くんだりまで派遣している。
つまり、この世界では、〈魔王〉も〈勇者〉も似た様な境遇にある、ということらしい。
そんな感じがして、ますます俺は、女魔王に対する親近感が増した。
(ーーっていうと、なにかい?
〈魔族の世界から転移して来た魔王〉と〈地球から転移して来た勇者〉とが、本来、縁もゆかりもないこの世界で、戦いあっているってわけ?
遥か昔から、何度も?
ーーどうにも、皮肉な話だな。
ここの世界の住人は、よその世界からの来訪者によってテンテコ舞いしてるだけってことだよな。可哀想に。
それにしても、魔族の植民地建設か……)
なんだか、聞くだけで大変そうだ。
魔族同士も種別にいろいろ事情があるってんだから、当然、一丸となって人間を攻めることもできないし、指示通り動いてはくれないだろう。
やはり、いくら魔王の地位にあろうと、女王様に縛られて鞭打たれる趣味のヤツを除けば、女性ではいろいろと舐められることが多いようだ。
そういった魔族の裏事情を話してから、女魔王は妖しい笑みを浮かべつつ、豊満な乳房を前面に押し出し、隣の俺にしなだれかかってきた。
「ところで勇者よ。名は何という」
「マサムネだ。勇者マサムネ・トウドウ。
魔王の名は?」
「妾か。名はサヴィーネというが、気にせずとも良い。
ただ魔王と呼んでくれれば良い」
「わかった。そうだな。
互いに敵対する運命なのだから、名を呼び合うこともない。
俺のことも、ただ勇者と呼んでくれ」
「わかった。
では、勇者よ。端的に言う。
強者は好みじゃ。
こちらへ付かないか?」
意外な提案に、俺はうわずった声を上げた。
視線が彼女の胸元ばかりに向いていたことは、秘密だ。
「こちらへ付くーーとは?」
すると、魔王は立ち上がって、俺の方に手を差し伸べて言い放った。
「共に夫婦となって、この世を支配下に置こうぞ!」
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
なんですか!? そのめっちゃ宇宙レベルの提案!
「おお!?」
俺は彼女の手を取って立ち上がり、前のめりで確認した。
「ーーってことは、俺様が魔王として、この世界に君臨できるってわけか!?」
女魔王は俺に濃厚なキスをしながら口移しで酒を飲ませる。
それから、ぼうっとしたままの俺の両肩を掴み、真面目な顔で断言した。
「そうじゃ。
今までは妾が魔王を名乗っておったが、強者の其方が伴侶となった暁には、王の称号を譲ろう。
妾は妃とならん」
なんと、俺様が王様ーーいや、魔王となれるのか!?
これはまたビックリな、宇宙レベルの取り引きじゃねぇか!
「よし、乗った!」
俺は満面の笑みとともに、即答したのだった。




