◆34 魔王城での勇者サマ
俺様、勇者マサムネは、両手に女(華)を抱えた状態で、深々とソファに身を沈めていた。
対面に鎮座しているのは、グラマラスな女性だ。
こめかみの辺りから角が生えているのが玉に瑕だがーーなに、多様性が尊重される昨今、こんな程度〈個性〉のうちである。
そんな彼女の両脇を、屈強な魔族どもが固めているので、ちょっと殺伐とした雰囲気が漂ってはいる。
が、俺様の近くには女どもを侍らせてくれているのだから、接待を受けているのは明らかだ。
俺は杯を傾けながら、目の前で脚を組む女性の容姿を、じっくりと堪能した。
(まさか、人間どもが恐れていた魔王が、女性だったとはな……)
しかも、かなり良い身体付きの美女だ。
黒のボンテージファッションが良く似合う、胸がボン、くびれがキュッ、太腿がふとましい身体付き
とにかく、色気たっぷりのイイおんなだ。
幾人もの男が誑かされたことは、間違いない。
彼女のキツイ目元も、頭の両側に生える巻き角も、パンクな出立ちにピッタリしてる。
全体の衣装としてはちょっとセンスが古い気がするけど、それはそれでレトロなかんじで悪くない。
胸元をはじめとした肌の露出具合も、ちょうど良い。
しかも、声はちょっとハスキーがかってて、ロックでも歌わせたらうまくシャウトしてくれそうなかんじだーー。
そんな大人の女性である魔王が、ハスキーボイスで、言うんだよ。
俺様の耳に口を近づけて。
「よくぞ参られた。異世界から来た勇者よ。
妾は、強者を歓迎する。
たとえ、これから生命を賭けて闘う相手であってもな!」
俺は葡萄酒といっしょに、生唾を飲み込む。
(うん。ハッキリ言って好みだ……!)
おかげで、〈異世界から来た勇者マサムネ〉にとって、最大の危機が訪れてしまった。
なにがピンチかって?
そりゃあ決まってる。
〈勇者〉としての存在意義が、危うくなってしまったってことだ。
この魔王の城に辿り着くまでは、簡単な道行だった。
お荷物だった人間集団を荒野に置いてけぼりにして、独りで飛んで来たのだから。
女魔王の接待を受けて美酒に酔いながら、俺様は往時を回想する。
ほんとに人間ども(アイツら)には、手を焼かされた。
弱くて足手纏いなだけだったら構わないが、いつもいつも俺様に反抗的っていうか、懐いてくれないから、やりにくいことこの上なかった。
ほとんど聖女様親衛隊みたいな連中だったから、聖女様が俺様を庇って負傷したり、俺様が彼女に治癒ポーションを使わなかったりしたことが、許せなかったらしい。
白騎士をはじめとして、誰独り、口を利いてくれなくなってしまった。
顔つきを見ただけで、その内心が透けて見えた。
どうして、聖女様を救けてくれないんだと、やたら悔しそうだった。
加えて、魔王討伐のため、事実上、瀕死の聖女様を見捨てて先を急ぐ格好にならざるを得なかったから、俺様が恨まれたのなんのって。
彼らの恨みがましい視線だけで、俺の背中が熱くなるほどだった。
ほんと、あと一歩で、熱攻撃魔法を習得できるんじゃないか、アイツら。
ーーそういった事情で、俺は上空に飛んだ後でも、後ろを振り返り難く感じていた。
だって、恨んでるのわかってるんだからな。
聖女様を失いつつある男どもが。
だから、ヤツらを戦場に放置して飛び去ったのさ。
この後、アンデッドや竜どもに襲われたら、アイツら、まず命がないだろうが、知ったこっちゃない。
靡かない弱者を保護するほど、奇特な性格はしてないんだよ、俺様は。
ーーということで、俺様は後ろ髪引かれることなく、〈飛翔〉で空を飛んで、魔王城に直行したんだ。
血塗れの聖女様に懇願されたこともあるけど、魔王討伐こそが、俺様、〈勇者マサムネ〉本来の仕事だからな。
正式な依頼と言えるかどうか微妙なところらしいが、とりあえず聖女様の要請に応え、魔王を討伐しましたよ、という格好ぐらいしておかないと、聖女様の死後、俺の寝覚めが悪くなる。
上司のひかりも、今以上に甲高い声を張り上げそうだし……。
そりゃ、魔王が住む城の在処なんて、すぐにわかったよ。
見えてんだもん。
荒地の彼方、三角錐の山腹に聳えてるんだから。
俺様としては、急ぐつもりではいたんだ。
さっさと魔王を討伐して、人間パーティーの許にトンボ帰りして、なんとか聖女様の臨終に立ち会ってやろうっていう気でいたさ。
もちろん魔王を易々と討伐できて、治癒ポーションを使わず仕舞だったら、コイツを飲ませてやって、聖女様を延命させてやるのも、やぶさかではないとは思っていたんだ。
だから、魔王をさっさと倒して、一刻も早く、聖女様のもとへ戻ろうとは思っていた。
でも、そう簡単に事は運ばなかった。
さすがは魔王城ーー。
城砦なだけあって防御は固く、抵抗は激しかった。
呪いを込めた槍や巨石が飛んできたり、熱せられた油をぶっかけられたり、俺様の知らない魔法攻撃を食らったりと、かなり大変だった。
それでも幾つもの防御施設を突破して、ようやく丸一日がかりで、本城天守閣に辿り着くことに成功した。
俺は魔王城の中枢に飛び込んで、剣を振りかざして呼ばわった。
「魔王は何処だ!? 尋常に勝負しろ!」と。
そしたら、意外や意外ーー。
すぐさま魔族の女性執事みたいなのが何人も現れて、俺様は甘やかな歓待を受けることになった。
そして、魔王様に謁見ですよ。
ソファに身を沈めて、両脇を女性に囲まれながら。
しかも、魔王様ご本人が、俺好みの大人のオンナときた。
ホント、見るからにこんなにイイ女を、俺が討伐しなきゃならんのか?
ハッキリ言って、動揺したよ。
ウブな俺様は、顔が紅くなっていたことだろう。
だが、内心の動揺は隠さねば。
今の俺様は勇者ーー魔族の敵対者なのだから……!




