◆33 マサムネのヤツ……まさに人類の敵、裏切り者よ!
東京異世界派遣株式会社の管理室に据えられたモニターは、異世界で活躍する派遣バイト君を覗き見る唯一の窓である。
だが、二つの異なる世界をつなぐ時空は歪みやすく、平気で時間の経過がズレて、すっ飛んだりする。
東堂正宗くんを派遣してからも、何度か、時間が飛んだ。
例えば、彼が聖女様一行と合流したばかりの頃から、〈漆黒の森〉を抜けて荒れ地に辿り着く頃までーーおよそ一、二ヶ月分の時間が飛んだこともある。
そのときと同じく、またもや、ザーーッという音とともに、モニター画面が荒れた。
今度はどれだけ時間が経過するのか。
僕、星野新一は固唾を飲んで、モニター画面を見守る。
しばらくすると、画像が戻った。
すると、やはり唐突に場面転換していた。
ついさっきまで、マサムネくんが魔族軍団と戦っていた、森を抜けた荒れ地ではない。
今度の景色は、宮殿かなにかーー立派な大理石で覆われた、建造物の中のようだった。
やはり、現地での時間が、飛んだようだ。
てっきり仕事を完遂して、マサムネ君が訪れた王宮かどこかの映像だと思ったが、どうも様子がヘンだ。
この宮殿はちょっと異様だった。
大理石とはいっても、真っ白とかマーブル模様がついたようなモノではない。
なんだか、焦茶色とか灰色とかーーとにかく黒っぽい。
装飾のデザインも、グロテスクで刺々(とげとげ)しい。
大きな足に踏みつけられた男女とか、子供の舌がペンチみたいなので抜かれているさまとか。
やがて、ナノマシンのカメラが、人の姿を映し出す。
妹がモニターを指差して、声をあげた。
「見て! お兄ちゃん。
マサムネ君が美女を侍らせて、上機嫌になってる!
一体どうゆうことなの?」
なんと、マサムネ君が豪華なソファに腰掛け、両手に四、五人もの若い女性を抱えて、酒を飲んでいたのだ。
それもボトルをかかえて、ラッパ飲みをしている。
俺様キャラにも、ほどがあるだろう。 テーブルには山海の珍味らしきものが豊かに並べられており、明らかに接待を受けているようにしかみえない。
キャバクラじゃあるまいし。
マサムネ君の身に、何が起きたんだろう?
勇者然とした格好のマサムネ君の足下には、黄金色の高価そうなカーペットが敷かれていた。
そして、その敷物がまっすぐ床を延びて数段の階段を上がり、いかにも玉座っぽい巨大な椅子の下にまでつながっていた。
大きな椅子の高い背凭れの上には、竜と思しき化け物の剥製が据えられ、その背後には、炎を模したステンドグラスに陽光が射している。
そしてーー。
椅子に足を組んで座っているのは、褐色の肌をした、グラマラスな美女であった。
髪は銀色、瞳は紅い。
左右の側頭部には、巨大な角が生えていた。
僕たち兄妹は、食い入るようにモニター映像を見て、生唾を呑み込む。
「この女、人間種じゃないよ……たぶん」
と妹が、声を潜める。
たしかに。
人間は頭に角なんか生やしていない。
モニター映像がロングになって、全景が映る。
まさに王宮での〈謁見の間〉のような舞台であった。
ただ、今、モニター画面での映像を見るに、王宮での謁見に比して異常な点が三つある。
本来なら、謁見がかなった家臣が片膝立ちになっている位置に、ソファが据えられていること。
そして、大勢の女性とともに、マサムネ君が鎮座していること。
さらに、王冠を戴いて玉座にすわる王様の代わりに、二本の黒山羊のような巻き角を生やした女性が、太腿を露わに脚を組んでいるところだ。
よく見たら、側面に並ぶ巨大な柱のもとに立つのは、甲冑を纏った騎士ではない。
頭から角が伸び、背中には翼を生やした、漆黒の身体、両眼が金色の者たちーーいかにもな魔族どもであった。
そうなのだ。
どう見ても、魔族の宮殿っぽいのだ。
この場面は。
たしか、マサムネ君は魔王を討伐するために、魔王の城に向かったはず。
そういう設定だった。
改めて、玉座に座る銀髪美女に注目する。
「まさか、この女性が魔王……なのか?」
妹のひかりは、
「訳がわからない…」
とつぶやいた。
そして激しく頭を左右に振り、異世界へ通じるマイクに向かって叫んだ。
我が社が派遣した〈勇者マサムネ〉に向かって。
「こら、マサムネ君!
討伐しなさいよ、さっさと。
魔王なんでしょ、その女!
なんで、あんたは魔王とお酒なんか飲んでるのよ!?
まさか、美魔女の接待ごときで、コロコロと寝返ったんじゃないでしょうね!?」
ひかりは早口で捲し立てる。
が、無駄だった。
モニターに映像が映り、音声も拾えるが、いまだ通信はできないのか、それとも、マサムネ君が通信回線を切っているのか。
とにかく、ひかりの叱責と煽り文句は、マサムネ君の耳には届かなかった。
僕、星野新一は肩をすくめた。
「まさしく今の状況は、『火と下人は身に添う敵』と言うヤツだな。
もっとも、マサムネ君がこのことわざを耳にしたら、『俺様を下人呼ばわりするな!』って怒るだろうけど……」
妹はキツい目付きになった。
「ああ、ほんとイラッとする。一応聞くけど、どんな意味なの?」
「火事と使用人には油断してはならない。いつ敵になるか、わからないーー」
ひかりも苦笑いをして、くちびるを噛んだ。
「本当に今の私たちに、当てはまることよね。
マサムネのヤツ……。
魔王から接待を受けて悦に入るなんて、まさに人類の敵、裏切り者よ!」




