◆32 悩める上司たち
地球日本国東京、東京異世界派遣株式会社にてーー。
「ーーったく、なんてヤツなの!?」
妹の星野ひかりが絶叫して、ヘッドフォン型通信機を台座に叩きつける。
大型ヘッドフォンが台座から落ちるが、有線なため、地面に落下することなくブラブラと垂れ下がっている。
僕、星野新一は、額に手を当てて目を瞑った。
(ほんと、やめてもらいたい。
ヘッドフォンが壊れたら、替えが効かないと何度も言ったのに……)
どうも、マサムネ君と妹のひかりは、性格が合わないようだ。
ひかりがいかなる指示を出しても、ことごとくマサムネ君は独自の道を行く。
逆に妹は細かな次元まで言うことを聞かせようと躍起になっている。
(でも、なあ……。
ちょっと神経質に過ぎると思うんだよな。ひかりの態度は)
マサムネ君はちゃらんぽらんのようでいて、それなりに状況理解に長けているし、基本的には、依頼に沿って行動してる。
だから、それほど憤慨する必要もない、と僕には思われた。
だが、妹にはマサムネ君の行動のことごとくが〈オレサマ的傲慢〉に溢れていて、自分が年下の女性だから舐められている、と感じているようだ。
(う〜〜ん……あれはナルシストというか、単なる精神的に幼いーーガキの振る舞いなだけに思うんだけどな)
案の定、妹とバイト君との人間関係にヤキモキしているうちに、またもや通信が途切れてしまった。
もっとも音声は途切れたが、モニターにはまだ映像は映っている。
瀕死の状態である聖女様にポーションも渡さず、自らの言説に酔っている〈勇者マサムネ〉のさまが映し出されている。
その映像を観るかぎり、現場にいる人々にも、マサムネくんの人となりが、すっかり認知されてしまっているかのようだった。
マサムネ君が最後に言い捨てた、
「俺様は勇者だ。
ならば、小事にかまけている場合ではない。
聖女の望む通り、魔王討伐だけが任務なのだ!」
というセリフを、現場にいるパーティの面々も、耳にしてしまったみたいだ。
本来、脳内で思念するだけでコッチと交信できるのだが、興奮のあまり、マサムネ君は考えていることをそのまま口にしてしまう。
それも、どうやら派遣先の世界の言葉でーー。
映像を観るかぎり、そう推測された。(こちらには日本語で聞こえるが、それはナノマシンによる音声変換のおかげだろう)
白騎士レオンを始めとした男たちは、悲痛な面持ちをしている。
痛々しいほどに。
治癒ポーションを飲ませれば、聖女リネットは回復するのにーーと歯痒く思い、血が滲むほどに強く唇を咬んでいる。
マサムネ君以外、すべての人々が顔を歪め、悔しい思いをしている。
それに気付かないあたりが、マサムネ君らしいといえる。
モニター画面に向けて、僕は内心でツッコミを入れる。
「ダメだよ、マサムネ君。そういうとこだぞ。
自分にしか矢印が向いていないというかーーそういうのは嫌われる。
『ひとの十難より、我が一難』ってことわざ、知らないんだろうな……」
他人の難儀は平気だけど、自分のことだと、小さな事でも大問題にするーーまさに、マサムネ君の性格にピッタリの言葉だ、と僕は思った。
だがしかし、よく見たら、すべての人が、マサムネ君を恨んでるわけではないらしい。
肝心の聖女様に目を止めると、嬉しそうに顔を上気させていた。
モニター越しながら、それぐらいは見て取れる。
(勇者様をお救けした私、なんて素敵なのかしらーーとでも思っているんだろうか……?)
ティーカップ片手に思案する。
(ーーあの聖女様、実際に人々からの崇拝を勝ち得るだけの実績がおありなんだろうけど、どうも根っこのところでマサムネ君と似てるような気がするんだよな。
自分の信念に酔うところなんかが。
もっとも、その信念の内容が、天と地ほども違うんだけどーー)
全然違う二人だったが、何事も距離を取って眺める性格の僕にとっては、マサムネ君と聖女リネットはお似合いの二人にも見える。
マサムネ君は自分に酔い痴れ、格好良く振る舞いたいだけ。
その一方で、聖女リネットは人々のため、社会のために、自らを犠牲にする覚悟を辞さないという性格をしている。
でも、どちらも、自らの「信念」に忠実に生きているということだ。
同じナルシストとして括っちゃうと申し訳ない気もするけど、でもやっぱり、どこかお似合いな気がする。
ウチの妹ーーひかりには、そういうタイプの人間に対する寛容さに欠けているのかも。
「ひかり、僕にも紅茶のおかわりくれないかな」
室内に設置されたキッチンに立って、フレーバーティーを淹れている妹に声をかける。表情を窺うに、かなり落ち着きを取り戻しているようだ。
「悪かったわ。ちょっと感情的になり過ぎた。
異世界の人に、過度な感情移入はご法度だっていうんでしょ。
わかってる」
相変わらず、ああ見えて、ひかりは優しいな。
本気で聖女様の身の上を心配してるのか。
ごめん。兄は些か不埒な考えを抱いていたよ。
自らの生命を顧みず他者を庇った聖女様を、自分可愛さだけで動くマサムネ君とお似合いだなんて。こりゃ、口が裂けても言えない推察だったな。
とりあえず無難なところで……。
妹が入れ直してくれた紅茶を口にしながら、僕は総括した。
「そうだね。そもそもの依頼が不明瞭なんだからね。
なんなら、マサムネ君は魔族との戦闘なんかしなくても良いんだよ。
ましてや〈魔王の討伐〉なんてね。
危険すぎて、異世界派遣初心者のマサムネ君が、果たす必要はない。
依頼主やアッチの世界の人々がどう願っていようと、その願いを果たし切るのは、会社の派遣員でなくても良いんだ。
なのに、魔王を倒しに行きたいとマサムネ君は思ってるし、そんな彼を聖女様は身を挺して救けた。
どちらも、現場の判断ーー当事者の意志ってヤツだ」
「わかってる。どうせお兄ちゃんは、依頼主から文句が来なければ、どうだっていいんでしょ?」
「『人を思うは身を思う、人を憎むは身を憎む』ってね」
「なぁに、また、ことわざ!?
ほんと、好きだよね、お兄ちゃん。
で、どんな意味?」
「人のためと思ってすることは、めぐり巡って自分のためになるし、人につらく当たって苦しめることは、結局自分を苦しめることになるーーと言う意味なんだ」
「……そう。
なんか、よくわかんないけど、遠回しに私が嫌味を言われたってことはわかった」
妹は膨れっ面をする。
そして、荒々しく椅子に座った。
まずいな。不機嫌そうだ。
早く手にしたフレーバーティーを飲むといいよ。
感情を沈静化する作用があるそうだからーーと、あれ?
ふとモニターに目を遣ると、異変が起こっていた。
画像が乱れている。
ザーーッという音とともに、砂嵐画面になっていた。
思わず、モニターに向かって身を乗り出す。
「また、異世界の時間が飛ぶのか!?」




