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◆31 俺様は勇者だ。ならば、小事にかまけている場合ではない。

 今現在、異世界で〈勇者マサムネ〉を()っている俺、東堂正宗(とうどうまさむね)は、日本東京から派遣されてきたバイトだ。

〈勇者〉の役割を担い、聖女様一行を護衛しつつ森を踏破し、(出来れば)魔王を討伐することになっている。


 ところが、魔王がいる城を目前にして、敵の魔族軍からの攻撃を受けた。

 なんとか撃退したものの、聖女様が深傷を負ってしまった。

 俺様を狙った伏兵、影悪魔(シャドウ・デーモン)に急襲され、俺様を(かば)って、聖女様が(やいば)を受けたのだ。

 本来、護衛対象であるはずの彼女に、逆に(まも)られて、今現在、俺様は無傷だ。

 一方で、聖女様は血塗れで、息も絶え絶えになってる。


(こいつはヤバい……)


 そう思った俺は、遮断していた東京本部への通信を回復させることにした。


 ステータス表を出して、通信ONのボタンを押す。

 そして、東京異世界派遣本部の星野兄妹を、頭でイメージした。


「東京本部、応答せよ!

 俺だ。マサムネだ!

 おい、なんとかならないのか!?

 観てるんだろ、モニターで。

 だったら、指示をくれ。

 聖女様が、俺様を助けて負傷したんだ」


 しばらくして、返信が聞こえてきた。


「これが異世界に派遣されて、仕事をするということよ。

 あなた自身で、なんとかしなさい!」


 星野ひかりが、突き放すように答える。

 俺はカッとなって、怒声を張り上げた。


「ひかりちゃんは、なんとも思わないのか!?

 性格の良い少女が、死にかかってるんだぞ!」


 一呼吸してから、ひかりの声が聞こえた。


「そもそも、あなたが通信を切るからいけないんでしょ!?

 都合が悪くなると、こちらに頼る。

 自分勝手だよね。無責任だよね!」


 図星を突かれたが、それゆえに、返って口答えしたくなる。

 仕方ないだろ。

 それが俺の性分(しょうぶん)だ。


 以降、不毛な議論が展開した。


「はん、通信を切らなかったら、アンタが俺様を魔族軍団から守ってくれたっていうのか? 

 (はる)彼方(かなた)の、異世界の東京にいながらさ」


「そうよ。

 もし、切らなかったら、いろいろアドバイスしてあげたわよ。

 こっちには長年に渡る異世界データがあるんだから」


「データがあるって、観光ガイドみたいなもんじゃ、役に立たないだろ。

 現に、こんな不意打ちをされるのに、データがどう役に立つっていうんだ!」


影悪魔(シャドウ・デーモン)について性質を教えて、警戒するよう伝えたわよ。

 特に、そこの世界にウチから派遣されたのは四回あって、一度なんかは、派遣員が影悪魔に足首を斬られて苦労したこともあったんだからね」


「どうしたんだ、ソイツは!?」


「バカね。ナノマシンのこと、忘れたの!?

 あなたの先輩派遣員はナノマシンによる修復機能で、足首を切断されながらも、無事に完治いたしました。

 攻撃を受けたのが本人だからね。

 今回の場合とは違って!」


「くっ! そうだった。うっかりしていた。」


 そういえば、俺にはナノマシンが射ち込まれていたから、物理攻撃には対処できる。

 だが、それは言ってみれば、自己治癒力しかないってことだ。

 他人を治癒する力は、付与されていない。

 ひょっとしたらナノマシンには知性があるから、うまく使いこなして、他者の肉体にまで働きかけることができるかもしれないが、そんな方法は知らない。


(あ……!)


 そこで俺は、ようやくポーチの中に入れたモノを思い出した。


(そうだ、治癒ポーション!)


 俺には聖女様から貰ったポーションがあった。

 こいつを使えば、聖女リネットの傷も()えるかもしれないーー。


 さっそく、ポーチに手を突っ込む。

 がーー。

 ポーションの瓶を引っ張り出すのは、ためらってしまった。


(でも、こいつを渡したら、俺様の治癒力が落ちてしまう……)


 そうなのだ。

 この後、さらに魔族と戦うとなれば、自分の回復力や治癒力は、MAXにしておきたい……。


 俺様は悩んだ。ガラにもなく。


 すると、そんな俺の表情を読み取ったのか、聖女リネットは力なく微笑んだ。

 右腕や脇腹に巻いた包帯は、すっかり血で赤く染まっている。

 見てるだけで痛さが伝わってくるような、深い傷を負っていた。

 それでも、彼女は息を荒くしながらも、まっすぐ俺を見つめて言った。


「私にポーションは必要ありません。

 勇者様は、一刻も早く魔王の許へ……」


 彼女からの視線を受け、俺は片目でウインクして立ち上がった。


「ありがとう、君のことは忘れない。死ぬな!」


 そう言って、俺は颯爽(さっそう)とみなに背を向けた。

 案の定、頭の中で、甲高い声が鳴り響いた。


「そこは、ポーション渡して救けるのが勇者でしょ。バカ!」


 星野ひかりがヒステリックに叫んでる。

 まるで耳元で大声をあげているみたいだ。


(でも、そうは言ってもなあ……)


 俺は上空を見上げて思案する。


(実際、このポーションを聖女様に与えたところで、聖女様が助かるかどうかなんて、わかんねえだろ? それほどの傷だよ、あれは)


 それに、このポーションで彼女が回復したところで、今後、俺が魔法かなにかで攻撃されたとき、自己治癒力が足りなかったらどうしてくれる……!?


 ーーよし!

 答えはひとつだ。


 俺様は勇者なんだ。

 この世界の人類社会を救済するという、偉大な使命を担った存在だ。

 それゆえ、聖女様にポーションを返す必要なんかないーー。


 俺はマントをバサっと大きく(ひるがえ)し、聖女様や仲間に向かって断言した。


「俺様は勇者だ。

 ならば、小事にかまけている場合ではない。

 聖女様の望む通り、魔王討伐だけが任務なのだ!」


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