◆30 おいおい、キミは〈勇者〉じゃなかったのかい!?
聖女様の聖魔法を利用し、アンデッド歩兵団を壊滅に追い込んだ。
このまま、縋り付いて来た聖女様と、リア充モードに突入か!?
そう思った矢先ーー。
俺、勇者マサムネは、思いもしない奇襲攻撃に晒されていた。
(なんだ!?)
おかしい。
いきなりだ。
周囲に敵はいなかった。
でも、今、頬を掠る近さで、刃が振るわれた。
何処から?
上や左右からではない。
違う。
下だ!
俺は慌てて視線を地面に落とす。
するとーー。
敵がいた!
いつの間にか、地面に黒い影が浮かんでいた。
その影から、大鎌が突き出していたのだ。
(怖っ!
こんなので斬られたら、すぐに出血多量で死ぬよ!)
鋭利な大鎌が、陽光を受けて銀色に鈍く光っている。
イケメン白騎士が、素早く俺の傍らに走り込んで来た。
剣を抜いて、護衛に入る。
「影悪魔だと!?
まさか、影悪魔が、じかに〈聖なる者〉を狙うなど!」
白騎士が護衛対象としたのは〈勇者〉ではなかった。
騎士が身を挺して庇いだてしたのは、俺ではなく、俺を押し倒した〈聖女様〉であった。
そこでようやく俺は、自分を押し倒した〈聖なる者〉を見る。
聖なる聖女様は、左手で右腕の肘を覆っていた。
彼女の、白魚のような左手の指の隙間から、赤い血が流れ出ていた。
彼女は俺を庇って、化け物からの攻撃を喰らったのだ。
それでも、聖女リネットは、歯を食いしばる。
即座に聖魔法を、影に向かって放った。
早口で詠唱をこなして、両目に念を込める。
至近距離だ。
ギャアアアア!
叫び声とともに、影悪魔は姿を消した。
俺の影の中に潜り込んで、いなくなったのだ。
いきなりのことで、俺は呆然としている。
そんな俺に向かって、聖女様は明るい表情をみせた。
「影悪魔は聖魔法に弱いんです。
本来は、私のような聖職者には、近づかないものなんですが……。
標的は勇者様だったんですね」
すでに聖女の傍らには白騎士がひざまずき、彼女の身体を支えていた。
その支えている腕が、小さく震えている。
さすがにバツが悪かった。
ついさっきまで感じていた勝利の昂揚感も、リア充に向けての興奮も、どこかへすっ飛んでいた。
あれ?
イケメン騎士のヤツ、てっきり俺様の護衛に来たかと思ったら……。
聖女様を抱きかかえている。
なんと素早い。
心なしか、俺の方を睨みつけている感じがする。
白騎士だけじゃなく、周囲の人間たちもだ……。
(悪かったな。キミたちのアイドルを相手に、リア充しようとして。
でも、仕方ないだろ。
ほんと、あのタイミングで、何者かが俺様に向けて刃にかけようとしてくるなんて、想像もしてなかったんだ……)
内心で言い訳を色々と考えていたが、そのまま口には出来なかった。
彼らが怒ってる理由が、よくわかるからだ。
幸い、俺本人は無傷で、ピンピンしている。
それもこれも、現地人たちのアイドルーー聖女様のお陰だ。
その一方で、俺の身代わりとなって、彼女は斬られた。
右腕を……いや、よく見たら、脇腹の辺りも、赤く染まってないか?
(かなりの傷だろ、それ!?)
なのに、彼女はいつも通り、俺のことを気遣う。
「お、お怪我はありませんか?」
「いや、俺はなんともないが……君は良いのか?」
やばい。
よほど深く斬られたのか、彼女の腕の傷から、鮮血がとまらない。
彼女は気丈にも平静を装っているが、額には汗が浮き出ている。
相当に痛いはずだ。
パーティー仲間が、聖女様の許に駆けつけてくる。
そして、彼女の右腕や脇腹に湿布を当てて、包帯を巻く。
だが、その包帯に血が滲み出し、地面に血溜まりができていく。
聖女様はぐったりとして、息も絶えだえになってきた。
ほんと、やばい。
何度も言うようだが、これは見るからにヤバそうだ。
どうする!?
そうだーーこんな時こそ、本部に連絡だ。
俺は東京への通信を回復させた。




