◆5 意外と使えるバイト君? 真価発揮、彼は宇宙レベル?
今、異世界で〈勇者マサムネ〉となっている、わが社の派遣バイト・東堂正宗くんは、森を火の海にした直後に言った。
「はっははは……!
焦るな、焦るな。俺様は勇者だ。
気圧の調整も抜かりないぞ!」と。
彼のセリフを疑問に思ったのは、私、星野ひかりだけではない。
現地にいるみなが、彼の発言の意味をはかりかね、呆然としていた。
が、数秒後、彼が言わんとしていたことが理解できた。
突然、空から滝のように、雨が降り注いできたからである。
そこでようやく、この〈勇者〉が言ったことの意味を、みなは悟った。
彼は雷を起こすと同時に、豪雨をも招来し、山火事となるのを食い止めたのだ。
嵐のような風雨が過ぎると、空には虹がかかり、焼け焦げた大地には、無数の魔物の焼死体が散乱していた。
でっぷりとした魔物の無残な亡骸は、見ているだけで小気味良い。
勇者マサムネは、その亡骸を足で蹴り転がした。
そして、魔物の苦痛に歪んだ顔を踏みつけながら、手前勝手にはしゃぎはじめた。
「うわ! 重テー。
でも、どうだ。こいつらすべて、俺様が退治してやったぞ!」
しばしの間、静寂が森を支配していた。
だがしかし、みなの目の前で、山のように積まれた魔物を蹴り飛ばしながらはしゃぐ勇者の姿を見て、ようやく安堵した。
山火事は防がれた。
そして、幌馬車隊のみなが、生命の危機を脱したのだ。
わあああああ!!
みなが歓喜の声をあげた。
歓声を代表するように、護衛隊のリーダーが大声をあげた。
「あの何十頭もの狼の魔物を、一撃で一網打尽にするとは……!」
あの魔物は〈森の群狼〉と呼ばれ、いつも群れて人間を襲ってくる危険な魔物群だった。
一頭を倒すだけでも、何人もの剣士を必要とするはずであった。
討伐し尽くすなど、夢のまた夢と思われていた。
ーーそれを、たった独りで成し遂げたのである。
まさに彼こそは勇者ーー我々の英雄だ!
護衛たちは互いに肩を組み、拳を振り上げる。
商人は幌馬車から身を乗り出し、御者とともに涙を流しながら抱き合った。
興奮状態となった集団は、留まるところを知らない。
長らく魔物に苦しめられてきた反動で、人々の感情は昂ぶるばかりであった。
「いける……これで、いけるぞ!」
「勇者様に、戦場に立っていただくんだ。
それだけで隣国軍は慌てふためくだろうよ!」
「いやーーそれだけじゃない。
隣国を操る魔族どもも倒せるんじゃないか!?」
「そうだ、そうだ。魔王討伐も間近だぞ!」
「軍の手を煩わすまでもない。
このまま我々で、魔王城まで突撃だっ!」
おおおおおーー!!
喊声があがり、幌馬車隊は馬を嘶かせて進撃を始める。
ここでようやく、星野ひかり(私)は驚いて目を剥いた。
バイト君の活躍に、ではない。
現地の人々の反応に、である。
「いや、待って待って!
隣国軍? 魔族? 魔王!?
初耳だわ!」
モニター音声を耳にした私の兄、星野新一も、隣席で身を乗り出している。
「これは……依頼内容から、逸脱した動きだよね」
兄の指摘に私はうなずき、イヤホン型マイクに声をあげた。
「ちょっと! やりすぎ。みなを止めなさい!」
イヤホンに声が届く。
派遣バイト君ーー自称勇者の声が、返信されてきた。
「だよなあ。俺も初耳だよ。
なに? 魔王って。
この世界、魔物が跋扈してるって聞いてたけど、魔王がいるってのは聞いてないよな」
「私もよ。もう一度、依頼主に現状を確認するから、待ってて。
とにかく、そのまま暴走するのはナシだから!」
「了解。俺だって、死にたくはないから。
こんなヤツらと一緒じゃあ、魔物とすら満足に戦えない。
俺独りしか使えるモンがいないんだから、さすがに不利だよ」
そう言いつつも、自称勇者の派遣バイト君は、相変わらず群集の先頭を走りながら嘯いていた。
「いやあ、それにしても、俺、またもや勇者になっちゃってさ。
おまけに魔王討伐だって。
ほんと、令和の日本人である俺がどうしてこんなことに……!?」
なにを某予備校の宣伝文句みたいなこと言ってんだ。
星野ひかり(私)は、モニターに向かって叫んだ。
「あなたが得意になって、魔法を連発したからでしょう!?」