◆28 聖女様と……!?
数百体を超える骸骨の群れが、ザッザッザッ、という規則正しい足音を響かせる。
スケルトン歩兵軍団が、俺様、勇者マサムネと人間パーティーの許へと迫って来ていた。
そんな最中、俺は、後方から〈聖女様〉を呼び出した。
防御膜を解いて、聖女リネットが飛び出してくる。
彼女は即座に走り寄ってきたが、頻りに俺様の背後に目を遣る。
怯えた彼女の瞳には、小さいながらも無数の骸骨が映り込んでいた。
「いままで救けてくださって、ありがとうございます。
でも、まだ敵が……」
「いや、その敵を倒すために、アンタの聖魔法が必要なんだ。
あの骸骨どもを率いているリーダーを、聖魔法でぶち抜いてくれ。
ほら、見えるか?
あそこーー奥でふんぞり返っている、長衣を着込んだスケルトンだ」
俺は身を翻し、隊列を復元しつつあるガイコツどもを指差す。
が、聖女様は悲しげに瞳を落とし、唇を咬んだ。
「無理です。
聖魔法は使えるんですが、さすがにあんなに遠くでは……。
近くでないと、聖紋は刻めませんので、効果が期待できません」
聖魔法というものの性質なのか、それとも彼女の能力限界のせいなのか。
それはよくわからないが、どうやら聖女様の聖魔法効果は近距離だけのものらしい。
俺は眉間に皺を寄せる。
納得できなかった。
魔法なのに広範囲に展開できないって、おかしくないか?
これじゃ、魔法では、剣や槍に対抗できなくなってしまう。
いや、魔法全てってことではないのか。
「聖」魔法だから仕方ないのか?
「聖紋」を刻むとかどうとか言っていたな。
でもなあ……。
整然と槍先を向けてくる敵軍を眺め渡して、俺は呆れ声をあげる。
「おいおい、そんなこと言ったって、アレほどの数だぞ!?」
敵の数は、五百を数える。
そして、ローブを羽織った親玉は、最後尾に陣取っている。
至近距離に近づくには、並み居るガイコツどもを何百体も掻き分けねばならない。
アンデッドの軍勢を押し分けてあんなに遠くまで突っ切るのは、たとえ俺以外の〈勇者〉であっても無理だろう。
諦め口調になった俺に対し、聖女リネットは意を決して断言した。
「いえ、お構いなく。私なら、死ぬ覚悟が出来ております!」
決然とした瞳に、うっすらと涙が光っていた。
俺は気圧されて身を退かす。
(美しすぎるよ、聖女様……。
この涙にやられて、一緒に死んであげるって気になる野郎がいてもおかしくねえな。
でも、俺には……)
無理無理無理ーー!!
俺様は、こんな訳の分からん異世界で「死ぬ覚悟」なんかねえし。
そもそも聖女様、健気なのは結構だが、役に立たないのはいかんな……。
そうだ。
良いこと思いついた!
俺は聖女様の手を取り、小石を渡した。
「これは……?」
「この〈秘石〉に聖魔法を使え。
近いモノになら効果はあるんだろ。
コイツに聖紋を刻むんだ。
そうしたら、あとは上手くやってやる」
じつはこの「秘石」は特別なモノでもなんでもない。
ついさっき、そこらで拾った、ただの石コロなんだが、そいつは黙っていよう。
石コロを握る聖女リネットの手を、俺はぎゅっと握り締めた。
聖女様は蒼い瞳を潤ませ、ポッと頬を赤らめたように見えた。
「どうした?」
彼女は軽く首を横に振り、
「いえ、わかりました。聖魔法を使います」
と答えて、小石を握る手に力を込めた。
「ただ、今の私は魔力量が枯渇しています。
じゅうぶんな力を宿せないかもしれません」
「構わん。他に手がないんだ」
「はい!」
聖女リネットはさっそく詠唱を始める。
恐ろしいほどの早口だ。
やはり聖魔法ってのは、通常の魔法とは何か種類が違うようだった。
やがて、聖女様が手の平に乗せた小石に青い聖紋が浮かび上がり、石全体が白く光り輝き始める。
その煌めきを、美しいと思った。
(なるほど、さすがは〈聖〉魔法だ。
なんだか、見てるだけで神々しい気がしてくる……)
ふと気付くと、後方にいるお仲間連中は、みな両手を組み合わせて瞑目していた。
中には跪いて、天を仰ぎ見てる者もいる。
これが彼らの祈りの姿勢なんだろう。
祈りを集めると聖魔法の力が増すっていうのが、こっちの世界の常識なんだろうか。
まるで元○玉だな……。
そんなことを思い巡らせていたが、その最中でも、敵は接近しつつあった。
今は絶賛、戦闘中なんだから、仕方ない。
聖女様を中心に、みなが祈りを込めて、石に聖魔法を刻みつけている。
その間に、俺は両手に魔力を溜めて〈雷撃〉の準備を始めた。
稲妻のような輝きが、俺の両手に集中する。
あとは魔法を発射するだけーー!
という段階で、聖紋を刻まれた小石と一緒に、俺は聖女様の手を再び取った。
聖女リネットは心なしか上気した感じで、こちらを見つめている。
(おいおい、なんだよ。
まるでプロポーズを受けた直後の女みたいな顔して。
今は戦闘中なんだから、マジメにやれよ!)
と怒鳴りたい気分だったが、それは言わなかった。
敵に攻め込まれようとする時に仲間割れするほど、俺様は馬鹿じゃない。
内心の声は出さず、俺は黙って彼女の瞳を見つめかえした。
彼女も、一心に俺を見詰め続けている。
しばらく見つめ合ってから、ほぼ同時に、手中にある小石を見遣った。
石の表面には、聖紋が青白い光を放っている。
本物の〈秘石〉のようであった。
(よし、とにかくやってみよう!)
俺は試しに唱えてみた。
「混合!」
するとーー。
思った通りだった。
小石が発する青白い光と、俺の手の金色の光が合わさっていく。
そして、石に刻まれた聖紋が紅く光り、次第に輝きを増していった。
「おお、やったぜ!
他人が使った聖魔法だというのに、俺様の〈雷撃〉魔法と合わさっていくのがわかるぞ。
なんて便利なんだ、俺の個性能力は!」
敵は目前にまで迫っていた。
何百体ものガイコツどもが、剣や槍を手に襲い掛かってくる。
先鋒が持つ槍先は、確実に俺と聖女様の身体を狙っていた。
だがしかし、俺はーーいや、〈勇者〉と〈聖女〉は動じない。
「さあ、いくぞ。聖女様!」
「はい!」
二人で手を合わせた状態で、手に乗る石に意識を集中する。
(よし、見てろ。
小石を使った電磁砲を放ってやる!)
俺は思いっ切り魔力を小石に込めた。
そして、石が射たれる向きを、ローブを纏ったスケルトンに狙いを定めた。
「うりゃあああ!」
俺は力一杯、叫んだ。
ーーと同時に、紅く輝く電撃が一閃!
まっすぐ眼前の敵軍団を貫いた。
聖魔法を宿した石を、弾丸のように〈雷撃〉したのである。




