◆25 見るべきものは神様ではなくて、俺様の勇姿だろうに!
〈勇者マサムネ〉こと、東堂正宗は、自分ならではの個性能力を発動させようとして、敵味方の現状把握に務めた。
しばらくぶりに足許の下、地面を見ると、ヤバイ状況になっていた。
何十体もの蝙蝠男どもが落下したところでモノともせず、大トカゲに跨った竜顔の騎兵団が、人間パーティーに向けて殺到していた。
人間パーティーの存続は、風前の灯と言えた。
魔族軍による槍や刀剣、弓矢の攻撃を、何度か弾いてきたのだろう。
防護障壁の色は、かなり薄くなっていた。
それでも、両目を見開いて戦況を視認し、俺、勇者マサムネは不思議に思った。
(おかしいな。
あんな貧相な装備と戦力なのに、聖女様御一行はどうして全滅してないんだ?
魔族ってのは、人間の肉体能力を遥かに超えてるって聞いたが……。
そんな魔族が相手で、しかも何倍もの兵力差があるってのに、よく今まで攻撃を凌げたものだーー)
本来なら、護衛対象が生き残っているのを素直に喜ぶべきだろうが、いかんせん俺にとっては、湧き起こる疑念の方が優先される。
改めて敵の魔族軍の陣容を上空から眺め下ろしてみれば、すでに十騎ほどの集団が一定の攻撃をし終わって撤収し、入れ替わるように新たな十騎が突出する準備に入っていた。
今、聖女様御一行を攻めている竜騎兵団は総勢百騎ほどだから、こうした十騎単位の突撃を今まで何度も行ってきたのだろう。
だが、全体の中の十分の一ほどの手勢だけで攻撃するだけとは、随分と緩い攻撃体制だ。
十分の九の騎士団が、待機状態なのだ。
次に攻撃する一団を除けば、やることがない。
現に、竜騎兵団の連中はゆとりをかましていた。
兵力は一点に集中すべきなのに、実質は十分の一の騎兵力で攻撃しているに等しかった。
ひょっとして、ことさらに隙を見せて、人間側が攻勢に出ることを誘っていたのかもしれない。
障壁を張っている限り、反撃はできない。
だから、人間側が攻勢に出ようとすれば、障壁魔法をいったんみずから外すしかない。
その瞬間に、竜騎兵団は一斉突撃を仕掛けようというハラだったのだろう。
ーーそこまで考えて、俺は空中で眉根をつりあげた。
(そうだよな。魔族側の気分もわかるな、うん。
せっかくそれなりの数を揃えた騎兵団でやって来たのに、相手が歩行の人間集団ーーそれも自軍の十分の一以下では張り合いがなさすぎる。
せめて騎馬で軽く遊んでから、改めて蹂躙したいって気分にもなるってもんだろうな…)
案の定、竜騎兵団は、一塊になり始めていた。
そろそろ蹂躙する頃合いってわけだ。
聖女様御一行が張る障壁が、微弱になってきていた。
本来、障壁魔法によって形成された結界は桃色に光るものだが、もはやほとんど無色透明に成り果てている。
聖女様を取り囲む人々の表情は強張って蒼褪め、まさに絶望して死を待つだけの状態となっていた。
血の気が退き、なかには泣きわめく者や、失神寸前の者がいた。
白鎧の騎士は口を大きく開けて、長剣を正面に構えた姿勢を取っているし、聖女様もすべてを諦めたのか、瞳を天空に向けてぶつぶつとなにかを呟いている様子だ。おそらくお祈りを捧げているのだろう。
なんだよ。人間軍。
もっと俺様を信頼しろよ。
俺様の存在を忘れたのかよ。
君たちにとっての救い主なんだから。
宙に浮いている身だから仕方ないが、ここに地面があれば、文字通り地団駄を踏むレベルで苛立った。
(おいおい! 聖女様も、せっかく天空に目を向けてるんなら、見るべきものは神様ではなくて、俺様の勇姿だろうに!)
敵の魔族兵団が、一丸となって総攻撃をしかけようと準備している。
この瞬間ーーこれは、まさに俺にとって、自分の能力の性能実験をするのに最適の好機だといえた。
俺は空中にあったまま、両手で剣を掲げて念じた。
剣先に魔力が宿るように。
心臓のあたりから熱い力が込み上げてきて、両腕を通り、剣の先端へと集中していく。
(よし!)
俺は瞑目した状態から、カッと両眼を見開いて、剣を振り下ろした。
「〈雷炎〉連続発射ッ!」
そう意識した途端、
ドドドドド……!!
と激しい爆音がとどろいた。
雷撃と火炎が同時に、しかも何発も連続して炸裂したのだ。
俺が勇者でなければ、鼓膜が破れていたところである。
魔法を使った感触としては、まさに〈雷撃〉と〈火炎〉を同時に発射した感じだった。
俺が狙うは、彼の遙か足許の地上で集まりつつあった竜騎兵団ーー。
轟音とともに、火花が四方に飛び散り、視界が白煙で遮られた。
風に吹かれて煙が消え去り、地面が見えるようになると、戦果は明らかとなった。
眼下に拡がっていたのは、もはや岩が散在する荒れ地ではなかった。
真っ黒に焼け焦げた平坦地だけだった。
いく筋にも割れた地表から、黒い煙がもうもうと湧き上がっている。
鼻と目に強い刺激が襲う。
百騎はいた龍騎兵団は、文字通りの消し炭となって、形すら残っていなかったのである。
地面を浚うように、乾いた風がむなしく吹きすさぶばかりであった。




